2026年6月27日、Axios が報じた。トランプ政権が、Anthropic の最上位モデル Fable 5 へのアクセス復旧を認める方向にあり、15日間の停止が「来週にも」解除されうる、と。同じ週、商務省は、同社の最強のサイバーセキュリティモデル Mythos 5 を、限られた信頼済みの組織に対して、再開させた。
Fable 5 が、いつ、どういう形で再開されるかは、まだ確認できていない。だが、近い将来に再開されることは、確実である。停止の間に、各社は中国製モデルへの切り替えを始めた。中国モデルへの切り替えが起きている以上、トランプ政権は、停止を続けられない。
では、Fable 5 が戻ってきたら、企業は何をすべきか。本稿の結論は、一つである。戻ってきたその日に、自社の稼働中システムを、すべて Fable 5 にかけて検証する。なぜそれが、最優先で、緊急で、避けられないのか。順に述べる。
攻撃ができるとは、設計も検証もできるということ
注目すべきは、Mythos である。Mythos は、サイバー攻撃が可能になった。これが何を意味するか。攻撃とは、システムの構造を、その設計者以上に深く理解し、弱点を見つけて突くことである。構造をそこまで深く理解できる力は、そのまま、設計する力であり、検証する力でもある。攻撃ができるようになったということは、設計も検証もできるようになった、ということだ。攻撃・設計・検証は、別々の能力ではない。「構造を深く理解する」という、一つの力の、三つの顔にすぎない。
今すぐやること ── Fable 5 を使ったサイバー攻撃対策
攻撃ができる AI が存在するということは、攻撃側も、それを使えるということだ。これからのサイバー攻撃は、AI が、組織のシステムの欠陥を、自動で、大量に、高速に見つけて、突いてくる。
だから、今すぐやることは、一つである。稼働中の自社システムを、すべて Fable 5 にかけて、脆弱性を検証する。攻撃者の AI に突かれる前に、自分の AI で穴を見つけて、塞ぐ。先に見つけるか、先に突かれるか、それだけの話だ。来月でも、来年度の計画でもない。今すぐである。
これは、新しい商習慣の話ではない。緊急の防衛である。攻撃側が AI を手にした以上、これまで見つからなかった古い穴が、明日にも突かれうる。本番で動いているシステムほど、外部に接続しているシステムほど、機密を扱うシステムほど、先に検証する。
誰がやるか ── SIer か、自分か
では、企業は、この検証を、どうやってやるのか。道は二つしかない。SIer にやらせるか、自分でやるか。
SIer にやらせる場合の問題
第一に、SIer は、攻撃側の AI に耐える検証を、設計できない。攻撃側の AI の能力が、防御側である SIer の能力を上回り、しかも進化し続けるからだ。自分が持っていない能力で攻撃されたとき、それに耐える検証を、保証できない。
第二に、責任を負えない。Fable 5 級の攻撃は、契約時点で想定しきれない。「対策込みで」発注しても、より強力な AI に突かれたとき、SIer は「想定外だった」と言うしかない。進化する攻撃への責任を、一時点の契約では、引き受けられない。
第三に、SIer が Fable で検証するなら、企業は最初から自分で Fable を使えばいい。間に SIer を挟む理由が、消える。SIer が効率的に検証するほど、SIer を挟む意味がなくなる。
ここで、SIer はこう言うしかない。「うちも Fable でチェックして、Fable で修正します」と。だが、これは自己否定である。検証も修正も Fable がやるなら、その同じ Fable を、企業が直接使えばいい。SIer がやることは、企業が自分でできることと、まったく同じになる。SIer の仕事は、Fable に指示を出し、出力を受け取ることだけになり、その作業のために、わざわざ外部に費用を払う理由がなくなる。Fable を使うと言った瞬間、SIer は、自分が不要であることを認めることになる。
それ以前に、経済的に成り立たない。企業が Fable で検証すれば、SIer の提出物の穴は、いくらでも、ほぼゼロのコストで指摘される。SIer は、その指摘に回答し、修正していく。Fable を使えば、その作業自体は、簡単にできる。だが、問題はそこではない。
Fable を使って効率的に検証・修正すれば、その仕事は、もはや大きな収益を生まない。かつて人月で積み上げていた工数が、Fable によって圧縮されるからだ。仕事は回るが、稼げない。そして、薄い収益では、多重下請けを抱えた大きな組織を、維持できない。
これが、SIer にとっての、本当の問題である。赤字で倒れるのではない。大きな収益が立たなくなり、その規模の組織を、支えきれなくなる。Fable を使えば使うほど、効率は上がるが、収益は痩せる。大きいことが、成り立たなくなる。
そして、多重下請けが、不要になる。これまで多重下請けが成り立っていたのは、コーディングやテストに、大量の人手が必要だったからだ。元請けが受け、下請けに流し、その先にまた流す。各層が、人手を供給することで、利幅を取っていた。Fable が実装も検証も担うなら、その大量の人手が、要らなくなる。下請けに流すべき作業そのものが、消える。多重下請けという構造は、人手の希少性の上に成り立っていた。Fable が、その希少性を消す。
自分でやる場合の問題
自分でやる場合の問題は、ただ一つ。Fable を使って検証できる人材が、社内にいるか、である。
ただし、この障壁は、見かけより低い。検証に必要なのは、大量のコードを書く力ではない。Fable に自社のシステムをかけ、出てきた指摘を読み、どれが本当に危険かを判断する力である。そして、自社のシステムが何をしているかを最もよく理解しているのは、すでに社内にいる担当者だ。彼らが Fable を使えるようになりさえすれば、検証はできる。
問題は、その人材を、今すぐ確保できるか、である。緊急の防衛である以上、悠長に育てている時間はない。だが、外部の SIer に頼れない以上、最初の検証を回しながら、同時に、自社で使える人を育てるしかない。
SIer は、この検証に耐えられるか
ここまでは、誰が検証するか、という話だった。だが、もっと根本的な問いがある。SIer が過去に納めたものは、そもそも、この検証に耐えられるのか。
これまで、SIer は、検証されないことを前提に、開発してきた。発注側は、納品されたコードを検証する手段を持たなかった。コードを読めず、読めても品質を評価できなかったからだ。だから、「動いているように見える」ことだけが、合格の基準だった。中身がどれだけ複雑でも、どれだけ脆弱でも、検証されない以上、表に出なかった。
検証されないことが前提なら、検証に耐える必要はない。だから、見えない部分で、手を抜くことができた。仕様の曖昧なところ、品質の測れないところ、後で問題になりにくいところで、コストを節約できた。それが、人月ビジネスの、隠れた利幅でもあった。
Fable は、その前提を、根こそぎ覆す。検証されないことを前提に作られたコードが、いま、検証される。これまで誰も見なかった部分が、すべて、見られる。耐えるように作っていないものが、耐えることを、求められる。
これは、SIer が急に手を抜いた、という話ではない。検証されないという長年の前提のもとで、最適化してきた結果が、前提が消えた瞬間に、丸ごと露呈する、という話である。
Microsoft にも、同じ打撃が来る
この打撃は、SIer だけのものではない。同じ理屈が、Microsoft にも、そのまま当てはまる。
Microsoft の製品は、巨大で、相互に依存し、後方互換性のために古い構造を抱え続けている。中身は、もはや誰も全体を把握できないほど複雑である。そして、ユーザーは、その中身を検証する手段を持たなかった。クラウドの向こうで動くものを、信じて使うしかなかった。ここも、検証されないことが前提だった。
実際、Microsoft 365 Copilot では、2025年から2026年にかけて、ゼロクリックで機密情報が漏えいする脆弱性(EchoLeak、SearchLeak など)が、相次いで報告されている。攻撃側が AI でシステムの欠陥を探す時代に、巨大で複雑な製品は、それだけ多くの穴を抱えていることになる。複雑さは、攻撃面の広さである。
最も象徴的なのが、認証基盤 Entra ID の脆弱性 CVE-2025-55241(2025年9月公表、CVSS スコア10.0、Critical 評価)である。報道によれば、これは、攻撃者が自分のテナントで生成したトークンを使って、世界中のほぼすべての Entra ID テナントで、グローバル管理者になりすませる、という欠陥だった。MFA も条件付きアクセスも回避し、ほとんどログを残さない。そして、その原因は、レガシーの Azure AD Graph API が、トークンの発行元テナントを適切に検証していなかったこと ── つまり、後方互換性のために残されていた古いコンポーネントだった。
これは、本稿の論点を、そのまま体現している。認証基盤という、最も深く、最も重要な部分の欠陥が、後方互換性のために残った古いコードに潜んでいた。そして、それが世界規模で発見されるまで、検証されてこなかった。攻撃側が AI を持つ時代に、こうした古い穴は、これまでより速く、確実に見つけ出される。Microsoft は、Entra ID のレガシーコンポーネントを段階的に廃止すると表明したが、それは、後方互換性を捨てるという、苦しい方向への一歩でもある。
Microsoft は、自社の AI で穴を見つけて直す、と言うだろう。だが、これは SIer と同じ袋小路に入る。検証も修正も AI がやるなら、ユーザーは、なぜその AI を、巨大で不透明な製品に縛られたまま使うのか。検証できる AI があるなら、検証できる形 ── 中身が見え、止まっても直せる、シンプルな構成 ── を、自分で持つほうが合理的になる。
そして、Microsoft が真に欠陥に対応するには、複雑さの根である後方互換性を、捨てるしかない。だが、後方互換性こそ、Microsoft が顧客を縛ってきた最大の武器である。捨てれば健全になるが、顧客を縛る力を失う。健全になることと、支配力を失うことが、同じ一つの行為になる。だから、捨てられない。捨てられないまま、検証され、穴を可視化され続ける。
検証されないことを前提に成り立ってきたのは、SIer の納品物だけではない。巨大で複雑で、中身の見えないものすべてである。Microsoft は、その最大のものの一つだ。
関連
- ソフトウェア開発編 3-03 SIer 委託モデルの構造的不経済 ── 委託は無責任化と空洞化を生む、という本稿の前提
- ソフトウェア開発編 3-04 ロックイン問題 ── 後方互換性という「逃げ場のない檻」
- ブログ IT 業界の最新トレンド ── 自立・分散・多様性への構造的転換 ── Fable 5 輸出停止とソブリン AI の経緯
参考
- Trump administration moves to restore access to Anthropic's Fable 5(Axios, 2026-06-27)
- Statement on the US government directive(Anthropic)── https://www.anthropic.com/news/fable-mythos-access
- Zero-Click AI Vulnerability Exposes Microsoft 365 Copilot Data(EchoLeak / CVE-2025-32711, The Hacker News)── https://thehackernews.com/2025/06/zero-click-ai-vulnerability-exposes.html
- One Token to rule them all ── obtaining Global Admin in every Entra ID tenant via Actor tokens(dirkjanm.io / CVE-2025-55241)── https://dirkjanm.io/obtaining-global-admin-in-every-entra-id-tenant-with-actor-tokens/
- Death by Token: Understanding CVE-2025-55241(Practical 365)── https://practical365.com/death-by-token-understanding-cve-2025-55241/