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中東で発電所を壊すということ——飲料水を失うのはイランではない

発電所の恒久的破壊というタブーは、イランを守ってきたのではない。米国の同盟国を守ってきたのだ。

トランプ大統領が4月7日、Truth Socialで「今夜、一つの文明が死ぬ」と投稿した。イランがホルムズ海峡を再開しなければ、発電所と橋を「二度と使えないように(never to be used again)」破壊すると宣言している。

この脅迫には、致命的な構造的誤りがある。

中東で「発電所の恒久的破壊」というタブーを破った時、飲料水を失うのはイランではない。米国の同盟国とイスラエルだ。

イランは水を自給できる国である

イランは中東で数少ない、飲料水を自給できる国だ。

西にザグロス山脈、北にアルボルズ山脈が走り、雪解け水が河川と地下水を涵養している。首都テヘランの飲料水は、アルボルズ山脈のカラジダムをはじめとする山岳部のダム群から供給されている。人口の大部分は、これらの山脈沿いの高原都市に居住している。

南部のペルシャ湾岸都市では淡水化プラントに依存している部分があるが、イラン全体の淡水化水への依存度は総需要の約3〜5%にとどまる。飲料水の供給は河川・ダム・地下水が主体だ。発電所を破壊されれば上水道のポンプは止まるが、水源そのものは消えない。電力なしでも、重力給水や手動汲み上げで最低限の水は確保できる。

つまり、イランの発電所を恒久的に破壊しても、イランの「文明」は水の面では生き残れる。苦しいが、死なない。

水を自給できない国はどこか

では、中東で水を自給できない国はどこか。

米国の同盟国だ。

サウジアラビア、UAE、クウェート、バーレーン、カタール——湾岸協力会議(GCC)の諸国は、飲料水の大部分を海水淡水化プラントに依存している。サウジアラビアで約60%、UAEで80%以上、クウェートに至っては90%以上だ。

そしてこれらの淡水化プラントは、発電所と物理的に同じ施設に併設されている。発電タービンの排熱で海水を蒸発させる多段フラッシュ蒸留(MSF)方式や、発電した電力で逆浸透膜を駆動する方式が主流であり、発電所と淡水化プラントは同じ敷地に隣接し、配管とケーブルで直結されている。サウジアラビアのジュベイル、UAEのジェベル・アリ、クウェートのドーハなど、主要施設はすべてこの併設型だ。

発電所を爆撃すれば、淡水化プラントが同時に破壊される。

これらの国には山がない。河川がない。ダムがない。淡水化プラントが止まれば、数日で飲料水が消える。代替手段はない。

イスラエルも同じ構造的脆弱性を抱えている

イスラエルの飲料水の約70〜85%は海水淡水化プラントから供給されている。

地中海沿岸には、国家の生命線となる5つの大規模淡水化プラント(ソレクA・B、ハデラ、アシュケロン、パルマヒム、アシュドッド)が並んでいる。湾岸諸国と同様に、これらの施設もエネルギーインフラと密接に結びついている。

ハデラ(Hadera)淡水化プラントは、石炭・ガス火力発電所「オロット・ラビン(Orot Rabin)」の敷地内に直接併設・建設されている。このプラントだけで100万人以上の飲料水を供給している。ソレク(Sorek)は敷地内に専用の70MW発電所を併設し、アシュケロン(Ashkelon)も隣接する専用のコンバインドサイクル・コジェネレーション発電所から電力を直接受け取っている。

イスラエルはイランよりはるかに小さい国であり、これらの淡水化プラントはすべて地中海沿岸の数カ所に集中している。地下深くの軍事バンカーとは異なり、海水の取水管、逆浸透膜フィルター群、隣接する発電タービンを備えたこれらのプラントを装甲で覆い隠すことは物理的に不可能だ。数カ所の施設が破壊されれば、国家レベルの水危機が数日で発生する。

だからこそ、発電所の恒久的破壊はタブーだった

過去の戦争で、米軍が中東の発電所を「恒久的に」破壊することを避けてきた理由がここにある。

湾岸戦争(1991年):米軍はイラクの電力インフラを攻撃したが、完全な恒久的破壊は避けた。それでも、電力喪失による上下水道の崩壊はイラクで深刻な公衆衛生危機を引き起こし、UNICEFの推計では戦後数年で数万人の乳幼児が死亡したとされる。

コソボ(1999年):NATOは導電性カーボンファイバー弾(BLU-114/B)を使用して送電線を一時的にショートさせる方式を採用した。発電所そのものの恒久的破壊は避けた。

イラク戦争(2003年):米軍は電力インフラの攻撃を意図的に最小限に抑えた。1991年の教訓が反映されていた。

このタブーは人道的配慮だけから生まれたものではない。中東では、発電所と淡水化プラントが併設されており、発電所を壊すことが飲料水の消滅と同義であるという物理的構造が、このタブーを支えてきた。そしてこの構造的脆弱性を持つのは、イランの敵国——米同盟国とイスラエル——の方だ。

これは戦争犯罪であり、かつ自殺的行為である

ジュネーブ条約第一追加議定書第54条は、「住民の生存に不可欠な物」への攻撃を禁止している。飲料水施設はその対象として明記されている。

中東において発電所を恒久的に破壊することは、併設された淡水化プラントの同時破壊を意味する。100人以上の米国法学者が署名した声明は、エネルギーインフラの攻撃が「戦争犯罪を構成しうる」と明言している。

だがここでの問題は法的議論だけではない。

トランプが「発電所の恒久的破壊は許容される」という規範を確立した瞬間、イランはこの規範を使える。 イランのミサイルとドローンはすでにサウジアラビア、UAE、バーレーン、イスラエルに到達している。IRGCは「赤線を越えれば、米国とその同盟国から石油とガスを何年にもわたって奪う」と宣言している。

イランが報復として湾岸諸国やイスラエルの発電所=淡水化プラント施設を攻撃すれば、これらの国は数日で水の危機に陥る。そしてイラン自身は、山と河川があるため、同じ攻撃を受けても生存できる。

この非対称性が、タブーの本質だ。 発電所の恒久的破壊を「許容される戦争行為」にしてしまえば、「相互確証脱水(Mutually Assured Dehydration)」——非対称な軍事力しか持たない勢力であっても、砂漠の先進国の首根っこを掴める戦略的均衡——が成立してしまう。最も被害を受けるのはイランではなく、水を自給できない米同盟国とイスラエルの方なのだ。

軍は命令に従わない可能性がある

米軍の統一軍事裁判法(UCMJ)の下で、軍人は「明白に違法な命令」に従う義務がない。違法な命令に従った場合、命令を実行した個人も訴追されうる。

ジェイソン・クロウ下院議員(コロラド州・民主党、元陸軍レンジャー)は明確に述べている。民間人を標的にするよう命じられたら、民間の発電所を爆撃するよう命じられたら、それは戦争犯罪になる——軍人には武力紛争法に従う独立した義務がある、と。保守派のタッカー・カールソンも、民間人殺害の命令は拒否すべきだと発言している。

米軍の作戦計画は軍法務官(JAG)の合法性審査を受ける。トランプ大統領は最高裁の判例により公務としての行為に対する免責を有するが、その命令を実行する軍人にはその免責は及ばない。この非対称性が、「命令したが実行されない」という事態を生む構造的条件になっている。

ヘグセス国防長官は「愚かな交戦規則」なしで戦争を遂行すると述べているが、軍人個人の刑事責任は大統領の免責とは独立して存在する。

問うべきこと

トランプは、イランの「文明を滅ぼす」と脅迫している。だが、中東で発電所を恒久的に破壊するというタブーを破った時、文明の危機に瀕するのは、水を自給できないサウジアラビア、UAE、クウェート、そしてイスラエルだ。イランではない。

イランは山と水がある国だ。湾岸諸国とイスラエルは砂漠の国だ。

このタブーは、イランを守ってきたのではない。米国の同盟国を守ってきたのだ。

【4月8日追記】「文明を滅ぼす」から「交渉の基礎として機能する」へ——12時間の逆転

4月7日午前、トランプはTruth Socialに「今夜、一つの文明が死ぬ」と投稿した。

同日夜8時の期限の直前、トランプは同じTruth Socialに、パキスタンのシャリフ首相とムニール陸軍参謀長の要請に基づき、イランがホルムズ海峡を「完全、即時、安全に開放する」ことを条件として、2週間の爆撃停止に合意すると投稿した。イスラエルも攻撃を停止するとホワイトハウスが確認した。

トランプはイランの10項目提案を「交渉の基礎として機能する(workable basis on which to negotiate)」と評価し、「過去の争点のほぼすべてが米イラン間で合意された」と書いた。

12時間前に「文明を滅ぼす」と脅迫していた人間が、イランの提案を「workable basis」と呼んでいる。

イランの10項目提案には、恒久的な戦争終結、ホルムズ海峡通航の新たな法的枠組み(通航料を含む)、制裁解除、復興が含まれるとされる。トランプがこれを交渉の基礎と認めたことは、事実上、イランの枠組みで交渉することを受け入れたことを意味する。

トランプは「すべての軍事目標は達成された」と書いたが、ホルムズ海峡は39日間閉まったままであり、イランの体制は存続し、IRGCは健在であり、イランが停戦の条件を自ら設定する立場にいる。

なぜこうなったか

イランが39日間握り続けたのは、物理的カード一枚だけだった。ホルムズ海峡の支配。ロシアは味方ではなかった。国連は機能しなかった。軍事的には圧倒的に劣っていた。

しかし、この一枚を手放さなかった。

一方トランプは、「文明を滅ぼす」という最大の脅迫まで行ったが、それでも物理的現実を動かせなかった。欧州は参戦を拒否した。ロシアはイランへの情報提供をカードにしながら原油高で利益を得ていた。軍は発電所の恒久的破壊を承認しなかった可能性が高い。そして自ら期限を切ったことで、「実行するか、引くか」の二択に追い込まれた。

結局、物理的に握っているものを持つ側が、最大の軍事力を持つ側に勝った。

発電所を恒久的に破壊するという脅迫が機能しなかった理由は、本記事で述べた構造そのものにある。中東で発電所の恒久的破壊というタブーを破れば、飲料水を失うのはイランではなく米同盟国とイスラエルだ。この非対称性がある限り、この脅迫は実行できない。

イランはそれを知っていた。だから「一つの文明が死ぬ」という脅迫の前でも、ホルムズ海峡を手放さなかった。


参考資料: 発電所破壊と水供給のファクトチェック(PDF)

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