№ 045 / Blog
構造分析ノート · 2026.07.28

窒素の需給 ── 急性期は峠を越えた。だが逃げ道は、みな窒素に合流する

尿素は4月の頂点から半値へ戻り、中国はクォータと下限価格で先に再開した。だがTSPも硝酸法も燃料アンモニアも、解決のたびに需要を窒素へ移す ── そして日本の国産窒素の足場は、カプロラクタムの撤退で静かに細っている

結論

前稿で、肥料の制約は消えず移動する、と書いた。移動した先が窒素である。ならば次に見るべきは、窒素の需給だ。

結論を先に言う。急性期は峠を越えた。だが構造は残り、しかもリン酸側の逃げ道が、ことごとく窒素に合流してくる。 そして日本には、あまり語られない固有の弱点がある ── 国産窒素の最後の足場が、静かに細っている。

日本の窒素は、どこから来ているか

尿素の輸入は年25.6万トン。マレーシア74%・ベトナム10%・サウジアラビア5%・中国3%で、国産は3%(約9千トン)である。リン安の中国72%ほど語られないが、一国74%という集中は、実はリン酸より高い。 しかも前稿までに見たとおり、これは「相手替え」型の分散の産物で、価格を決める資源(天然ガス)は替わっていない。

もう一本の柱が硫安である。硫安は長く、国内生産が需要を上回り、輸出さえしてきた ── ナイロン原料カプロラクタムの副産物として出てくるからだ。ところが大手化学がカプロラクタムやアンモニアの国内生産を止め始め、国産硫安の供給基盤そのものが揺らいでいる(農林中金総合研究所、2025年7月)。肥料のために作っていない窒素に乗っていた構造が、化学産業の撤退で一緒に細る ── 副産物依存の脆さである。

アンモニアの輸入は年20〜30万トンで、その一部が硫安と化成肥料の原料に回る。

つまり日本の窒素は、マレーシア一国への尿素依存と、縮みゆく副産物の国産基盤の二本足で立っている。

急性期は、峠を越えた

国際価格から書く。インド向け尿素は4月に約890ドル/tまで駆け上がった。6月の入札(170万トン)では約445ドル ── ほぼ半値 ── で応札超過になった。北東アジアの7月価格も前月比-15.8%。ホルムズの運賃プレミアムは緩み、ロシア・インドネシア・マレーシア・エジプト・オマーンが穴を埋めた。インドネシアは2026年分の輸出ライセンスを承認している。

そして中国が、尿素で先に動いた。8か月の実質停止のあと、6〜8月分のクォータ150〜160万トン(別途、政府間供給が約40万トン)をメーカーへ直接通知し ── 公式発表はない ── 下限価格660ドル/t FOBを付けて輸出を再開した。国内価格は300ドル弱相当だから、国内を守りながら、高値だけを取りに行く設計である。

前稿に書いたとおり、これは8月のリン酸の判断の型見本でもある。

残る構造

峠を越えたことと、山を下りたことは、違う。

湾岸は、世界の尿素輸出の36%を占める(2023〜25年)。その最大の担い手が、イランとカタールだった。 カタールのラスラファンLNG施設の修復は年単位かかる。世界の尿素貿易の34%、アンモニア貿易の23%がホルムズを通り(IFA)、窒素の製造原価は6〜8割が天然ガスである(同)。ガスが高い限り、窒素は高い。欧州の窒素は世界のコスト曲線の限界にいて、ガス次第で止まる。南アジアの生産者は湾岸のLNGに依存している。

ロシアでは、窒素肥料と硝酸を作るアゾト系工場への攻撃が続いている ── 硝酸が爆薬の原料でもあるからだ。世界有数の窒素産地が、断続的に叩かれ続けている。

新しい能力は来る。今後2年でアンモニアが年460万トン増え、カタールは尿素能力を600万トンから1,240万トン超へ倍増させる計画を持つ。三井物産とADNOCがルワイスで進める低炭素アンモニア(年100万トン)は、2027年にも加わりうる。ただし、どれも効き始めは2027年以降である。 IFAの需要シナリオは2026/27年に-1〜2%(深いシナリオで-4%)、2030年に124Mt Nへ収束 ── 需要は弾力的ではなく、締まった供給に張り付いたままだ。

逃げ道は、みな窒素に合流する

ここが本稿の主題である。前稿までに数えた「リン酸側の解決」を窒素の側から見直すと、全部が同じ向きを向いている。

TSP化。 モロッコOCPは硫黄高への答えとして、アンモニアを使わないTSPへ製品を切り替えた。だがMAP/DAPには窒素が同梱されていた。TSPには入っていない。リン肥に同梱されていた窒素が外れ、その分が尿素の需要へ移る。 OCPのアンモニア調達は減るが、畑の窒素需要は消えない ── 請求書の宛先が変わるだけである。

硝酸リン酸法。 硫酸を使わないOdda法は、リンをアンモニア ── 窒素とまったく同じ資源 ── に繋ぎ替える。転換が進めば進むほど、窒素の需要が積み上がる。

燃料アンモニア。 日本は石炭火力へのアンモニア混焼を進めており、碧南では20%混焼の実証が済んでいる。2030年代に計画どおり本格化すれば、燃料としてのアンモニアが、肥料と同じ調達市場に乗ってくる。

硫黄から逃げても、リン酸から逃げても、脱炭素へ進んでも、着地点が窒素なのである。窒素は、逃げ道の合流点になった。 合流点に需要が集まるとき、いまの峠が下がっていても、次の峠は前より高くなりやすい。

中国の災害は、ここでは本家である

前稿で、災害がリン酸の再開にほぼ一方向(逆風)に効くと書いた。窒素では、さらに直接的だ。

中国の尿素は石炭ベースが主力で、電力に敏感である。2022年には四川の渇水が水力を涸らし、化学工場への電力制限を招いた。そしていまの輸出規制時代の起点そのものが、窒素だった ── 2021年7月の河南水害とエネルギー危機の秋、尿素先物の急騰を受けて、10月に輸出検査の強化が始まった。「災害の夏は、規制の秋になりやすい」という型の本家は、リン酸ではなく尿素である。

7月4日からの豪雨は、その条件を今年も揃えつつある。下限価格つきの運用ができたいまは、締まるとしても全面停止ではなく、クォータの縮小と下限の引き上げという形で現れるだろう。

観測点

春肥。 11月の全農価格で、輸入尿素が下がるか。国際価格の半値戻しが日本の店頭に届くかどうかの、試金石である。

中国。 9月以降のクォータの継続と、下限価格の水準。災害の被害集計。

ガス。 アジアLNG(JKM)と欧州のガス価格。窒素の原価の6〜8割は、ここで決まる。

カタール。 ラスラファンの復旧報道と、尿素倍増計画の進捗。

日本の足場。 カプロラクタム・アンモニアの国内生産からの撤退が続くか。国産硫安の供給量。

そして、どちらに転んでも効く動きは一つである。購入する窒素そのものを、減らすこと。 豆科の輪作と根粒菌は、空気中の窒素を畑で固定する。土壌微生物の共生は、必要な窒素の最大9割を賄いうる。窒素が逃げ道の合流点になった時代に、合流点を通らない道は、これだけだ。

どちらに転んでも、結果を書く。


関連

参考

  1. 農林中金総合研究所「窒素肥料の生産・消費動向」(農林金融2025年7月) ── https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n2507re1.pdf
  2. 農林水産省「肥料をめぐる情勢」(2026年4月) ── 輸入相手国のシェア
  3. China reopens urea exports with $660pt price floor (Profercy) ── https://www.profercy.com/insights/china-reopens-urea-exports-with-660pt-price-floor
  4. India issues 1.7mt urea tender ahead of monsoon sowing (Fertilizer Daily、2026年5月28日) ── https://www.fertilizerdaily.com/20260528-india-issues-1-7mt-urea-tender-ahead-of-monsoon-sowing-as-domestic-production-shortfall-deepens/
  5. Indonesia approves urea export licences for 2026 (Argus) ── https://www.argusmedia.com/en/news-and-insights/latest-market-news/2776095-indonesia-approves-urea-export-licences-for-2026
  6. IFA Medium-Term Fertilizer Outlook 2026-2030 (2026年5月6日) ── https://www.fertilizer.org/wp-content/uploads/2026/05/2026_IFA_Medium_Term_Outlook_Report_English.pdf
  7. Qatar to double urea output by 2030, blue ammonia on-track for 2026 (Quantum Commodity Intelligence) ── https://www.qcintel.com/ammonia/article/qatar-to-double-urea-output-by-2030-blue-ammonia-on-track-for-2026-38596.html