文書を書く道具を、Markdown に変える。
それだけで、AI が同僚になる。文書の検索、要約、翻訳、分析、書き換え、すべてが Claude に頼める仕事になる。
Word は書式の檻だ
Word を開くと、まずフォントを選ぶ。次に余白を調整する。見出しのスタイルを決める。色を選ぶ。空白行の高さを揃える。
ようやく書き始めるころには、本当に書きたかったことが少しぼやけている。
書式を整える時間は、考える時間を奪う。形を作っているうちに、中身が痩せる。これは Word の欠陥ではない。Word は書式を整えるための道具として設計されている。書式が前面に出るのが当然だ。
しかし、書類の本質は書式ではない。本質は構造だ。「これが結論」「ここが理由」「ここが補足」「ここが引用」── 文書を成り立たせているのはこの骨格である。書式は、骨格を見やすくするための装飾にすぎない。
道具を変えると、考え方が変わる。Word で書くと装飾が前に出る。Markdown で書くと構造が前に出る。
Markdown はテキストでしかない
Markdown はプレーンテキストだ。記号で構造を表現する。
# 見出し1
## 見出し2
これは段落。**強調**したい部分は二重アスタリスクで囲む。
- 箇条書きはハイフン
- 続く項目もハイフン
> 引用はこのように書く。
これだけで、見出し・段落・強調・箇条書き・引用が表現できる。テーブルもリンクもコードブロックもある。しかし、フォントを選ぶ書式はない。色を変える書式もない。 それは、必要ないからだ。
書式が要るのは表示する時。書く時には要らない。書くときに気にすべきは「これは見出しか段落か、リストか引用か」── 構造だけだ。
AI が読むのは構造
ここが決定的に重要な点だ。
Claude に Word ファイルを渡すと、まず .docx を解凍して XML を読む。書式情報をすべて剥がして、テキストだけを取り出す。AI が必要としているのは、最初から剥き出しのテキストだ。
Markdown を Claude に渡せば、変換は要らない。直接読める。直接書ける。
道具を AI 時代に合わせれば、AI は同僚として並んで立てる。同じ言語で思考する道具を選ぶことが、その入口だ。
これは比喩ではない。技術的事実だ。AI とテキストでやり取りする限り、Markdown は AI と人間の共通語である。
(書式 + 構造 + 中身)"] XML["XML
(.docx を解凍)"] Text["テキストだけ
(書式を剥ぐ)"] AI(("AI
Claude / GPT")) MD["Markdown
(構造 + 中身)"] Word --> XML --> Text --> AI MD ==>|そのまま読める| AI classDef cage fill:#fef3e7,stroke:#c89559,color:#5a3f1a classDef free fill:#e8f5e9,stroke:#7a9a6d,color:#3a4d34 class Word,XML,Text cage class MD free
何を書く時に Markdown を使うか
全部だ。
メモ。議事録。社内文書。提案書。報告書。マニュアル。仕様書。手順書。学習ノート。日記。請求書のドラフト。契約書のドラフト。プレゼン資料の原稿。ブログ記事。本の章。
「これは Word でないと…」と感じる文書は、ほとんどない。最終的に PDF や Word 形式で配布する必要があるなら、Markdown から変換すればいい。書く段階と配布する段階を分ける。
書くのは Markdown。配布するときに必要なら他の形式に変換する。これだけで、考える時間が増える。
Markdown を「書く」より「Claude に書いてもらう」
ここで一段階先に進む。
Markdown は Claude に「これを Markdown で整理して」と頼めば、勝手に整形してくれる。話したことを Markdown にしてもらう。手書きメモを写真で撮って Markdown にしてもらう。長い Word 文書を渡して Markdown 化してもらう。
つまり、自分で記号を覚える必要すらない。書きたい内容が頭の中にあれば、Claude が記号を正しく当てて整形する。
Markdown を学ぶことは、必須ではない。Markdown が読める ようになっておけばいい。読める人なら、Claude が出してきた Markdown をチェックして、必要なら修正できる。これは数時間で身につく。
どのエディタで書くか ── Zed / VSCodium / Neovim
Markdown はテキストファイル ── テキストエディタなら何でも書ける。 メモ帳でも書ける。だが、Markdown と AI ネイティブな働き方に合う エディタを選ぶと、書く時間が一段速くなる。
選択肢は三つ。自分の慣れ・好み・環境で選ぶ。
| エディタ | 特徴 | 向く人 |
|---|---|---|
| Zed | 起動が速い(0.3 秒)、モダン、軽い、AI 統合内蔵 | これから始める人、まずは一つ選びたい人 |
| VSCodium | VS Code の FLOSS 版(Microsoft テレメトリ無し)、拡張機能が豊富 | VS Code に慣れている / 拡張機能で組み上げたい人 |
| Neovim | ターミナルで動く、キーボードだけで完結、設定をテキストで管理 | コマンドライン中心 / SSH で作業する人 |
三つに共通するのは:
- オープンソース・無料 ── ベンダーロックインなし、サブスク不要
- Markdown のシンタックスハイライトが標準で効く
- Git 統合が組み込みまたは拡張で入る
- Claude Code / Claude API との連携が可能
初心者の方へ ── 迷ったら Zed。ダウンロードして開けば その日から使える。慣れてから VSCodium や Neovim に進めばよい。 「読める能力」さえあれば、どのエディタでも入れる。
Zed ── 入りやすい標準
これから始めるなら Zed。ダウンロードして開けば、Markdown が
読みやすく色付けされて表示される。サイドバーでファイルを開き、
Cmd+P でファイル検索、Cmd+Shift+F で全文検索 ── VS Code に似た
操作感だが、Rust 製で圧倒的に速い(.md を 0.3 秒で開く ──
Word は 3〜10 秒)。
Zed には Claude / GPT などの AI 統合が内蔵 されている。書きながら 「ここを校正して」「この段落を要約して」と頼める(アシスタント パネルから明示的に呼ぶ ── キー入力を常時送るタイプではない)。
入手: zed.dev(Mac / Linux / Windows)
VSCodium ── VS Code の自由版
「VS Code を使い慣れているが、Microsoft への通信を切りたい」 という人には VSCodium。VS Code のソースコードから Microsoft のテレメトリと商用ライセンス部分を除いてビルドした版。同じ拡張 機能(ほぼ)、同じ UI、Microsoft アカウント不要。
Markdown プレビュー、Mermaid プレビュー、AsciiDoc / MyST / LaTeX サポート、Claude / Cline / Continue などの AI 拡張 ── ほとんど すべて使える。
入手: vscodium.com(Mac / Linux / Windows)
なぜ VS Code ではなく VSCodium か ── Microsoft 365 / Copilot と 同じ「ベンダー集中」の話だ(第5章)。中身は同じだが、データの 流れと著作権は VSCodium のほうが自分の側にある。
Neovim ── ターミナル中心、ハッカー向け
コマンドライン中心で作業する人 ── サーバーに SSH して書く、Linux
で完結したい、キーボードだけで動かしたい ── には Neovim。
Vim の後継、Lua で設定、プラグインで AI(avante.nvim、
codecompanion.nvim など)・LSP・Markdown プレビュー・Mermaid
プレビューも組める。
学習コストは三つの中で一番高い(hjkl のモーダル編集に慣れる必要
がある)。しかし、慣れたら タイピング速度がエディタの限界を
超える。10 年前の設定が今も動く長期安定性も魅力。
入手: neovim.io(Mac / Linux / Windows / BSD)
共通する作法 ── Markdown + Git + AI
どのエディタでも、本書の作法は同じ:
- ファイルは Markdown(
.md) で持つ - 履歴は Git で管理(エディタに統合)
- AI に渡すのは 明示的に(アシスタントパネル、Claude Code CLI、 Claude のチャット)── エディタが入力を逐次クラウドへ送る Copilot 型の常時連携は避ける(第10章「AI に任せる仕事を見極める」)
エディタを変えても、原則は変わらない。 テキストを自分の手元で持ち、AI には選んで渡す。
本格的に仕事として使うなら ── Forgejo / Gitea
ここまでは「自分の手元で書く」話だった。
本格的に仕事として ── 一人でもチームでも、バックアップを持つ・ 履歴を遠くにも置く・将来チームで共有することを考えた瞬間、Git の ホスティング先 が必要になる。GitHub や GitLab がよく知られて いるが、本書の作法に沿うと、自分(またはコミュニティ)で動かせ るサーバー に置くのが本筋だ。
選択肢は二つ:
| ツール | 性格 | 推奨度 |
|---|---|---|
| Forgejo | コミュニティが運営する FLOSS、非営利の Codeberg e.V. がガバナンス | ◎ 第一選択 |
| Gitea | Forgejo の元。現在は商用会社 Gitea Ltd. が管理 | ○(以前から運用している場合は継続でよい) |
両方とも:
- Git ホスティング(push / pull / clone)
- Markdown と Mermaid を README / Wiki でレンダリング
- Issue / Pull Request(レビュー、議論)
- Webhook と組み込みの CI(Forgejo Actions / Gitea Actions、 GitHub Actions と互換)
- 単一バイナリで動く ── 小さな VPS(1 GB RAM)でも余裕
- OSS、サブスク不要
初心者の方へ ── 「一人で書いている」と「バックアップが要らな い」は 別物 です。
git initでローカルに履歴を残しても、 ディスクが壊れたら全部消える。一人でも、最初から どこかにgit pushする先を持つ ── これは必須。一番小さい形でいい:家の miniPC や古い PC に Forgejo を立てる (3〜6 万円、月額費ゼロ)、別マシンや NAS に push する、外付け ディスクに毎日
git pushする。「いきなり外向きサーバーは 怖い」場合は、LAN の中だけで運用すればよい。遅かれ早かれ、 自分のサーバーが要る ── miniPC 一台が一番楽な入口。
プライバシーが要るものは、セルフホストを基本に
Git ホスティングを選ぶときの 第一の判断軸はプライバシー だ。 「中身を公開していいか」で、置き場所が変わる:
| 中身 | 推奨ホスティング |
|---|---|
| 公開 OSS、ブログ原稿、教育コンテンツ | Codeberg(または GitHub の公開リポジトリ) |
| 個人ノート(雑記・調べ物) | セルフホスト(または家庭内の Forgejo / NAS) |
| 業務データ・社内ドキュメント・議事録 | セルフホスト(必須) |
| 契約書・見積書・顧客リスト | セルフホスト(必須) |
| 顧客の個人情報・健康情報・金融情報 | セルフホスト(法的にも必須) |
| 会社・チームのコード(非公開) | セルフホスト(または有償の私設プラン) |
原則 ── プライバシーや所有権が問題になるものは、セルフホスト が基本。Codeberg は非営利だが「他人のサーバー にデータを 置く」ことには変わりない。自分の手元に置けるなら、自分の手元 に置く。これが第5章「自分のシステムを自分の側に置く」の Git 版だ。
「セルフホストは難しそう」と感じるかもしれない。次のセクションで 小さなセルフホストから始める 道筋を示す。AI(Claude)が設定を 書いてくれるので、思っているより簡単だ。
なぜ Forgejo か ── ガバナンスの話
Gitea と Forgejo は コードベースとしてはほぼ同じ(Forgejo は Gitea のフォーク)。違いは 誰が運営しているか:
- Gitea: 元はコミュニティプロジェクトだったが、2022 年末に 商用会社 Gitea Ltd. に商標とガバナンスが移った。判断は会社 に依存する。
- Forgejo: その移行に反対したコミュニティが分岐、Codeberg e.V.(ドイツの非営利) がガバナンスを担う。会社の利害が 入り込まない構造。
機能としては Forgejo が追随しているので、選ぶなら Forgejo。 Microsoft Office と OnlyOffice の関係(第5章)と同じ構造だ ── 「中身は同じだが、ガバナンスがコミュニティ側にある」方を選ぶ。
三つの置き場所 ── 用途で選ぶ
(1) 自分でセルフホスト ── プライバシーが要るものの基本
miniPC 一台で十分。Intel NUC、Mac mini、Beelink、GMKtec、 小型 ARM ボード ── 3〜6 万円で買える小さな箱に Linux を入れて Forgejo を動かす。月額費ゼロ、データは自分の家、消費電力も低い (5〜15 W、24 時間つけても電気代は月数百円)。Forgejo は単一バイナリ なので、リソースは僅か(RAM 1 GB あれば余裕)。
ドメイン一つと HTTPS のリバースプロキシで、外部からも push / pull できる ── これで 自分の Git プラットフォームが完成。 業務データ・契約書・顧客情報・個人ノート ── 中身が外に出てほしく ないものは、すべてここに置く。
# miniPC の Linux に Forgejo を入れる例
$ wget https://codeberg.org/forgejo/forgejo/releases/download/v8.0.0/forgejo-8.0.0-linux-amd64
$ chmod +x forgejo-8.0.0-linux-amd64
$ ./forgejo-8.0.0-linux-amd64 web
詳しい設定(systemd ユニット、HTTPS、自動バックアップ、SSH 公開鍵
認証、外部公開時のセキュリティ ── fail2ban、Tailscale、Cloudflare
Tunnel など)は Claude に頼めばよい ── これも
「書く能力ではなく使う能力」(第1章)の領域だ。
ラズパイ、NAS、家にある古い PC でも動く ── すでに家にあるなら そこから始める。LAN の中だけで運用すれば、外に晒さずに済む (自分専用なら十分)。サーバー機を新調する必要は無い。
VPS を借りる選択もある(補助) ── 外出先からも頻繁にアクセス したい、家のネットワークを外に晒したくない、自宅の電源・回線が 不安定、という場合は小さな VPS(月 500〜2,000 円)を借りる。 だが、プライバシー的には miniPC のほうが筋(VPS は他人の データセンター)。まずは miniPC、必要なら VPS を足す。
(2) 組織内に立てる ── 会社・チーム規模
社内の VPS / Kubernetes クラスタに Forgejo を立てる。全リポジトリ が組織の物理境界の中にある。Microsoft / GitHub / Atlassian の サブスクが切れる、データポリシーの変更に振り回されない、ソース コードと業務文書が 自分たちのもの になる(第5章の Office 議論 と同じ構造)。これも実体は セルフホスト。
(3) Codeberg.org ── 公開してよいものを置く
Codeberg.org は Forgejo を非営利が ホストしている公共のフォージ。アカウントを作れば誰でも使える、 無料。OSS プロジェクトの公開、ブログ原稿、教育コンテンツに最適。 ベンダーは非営利。
ただし、これは「他人のサーバー」だ。業務データや個人情報は 置かない。あくまで「公開してよいもの」専用 ── これを忘れない。
GitHub との関係
GitHub を使ってはいけない、という話ではない。公開 OSS には今も 有力:
- 公開 OSS プロジェクト → GitHub の知名度とエコシステムが強い
- 公開を前提とする個人ノート → GitHub でも十分
- 業務データ・社内ドキュメント・契約書・個人情報 → GitHub にも Codeberg にも置かない。セルフホストする。
GitHub は 2018 年に Microsoft の傘下 に入った。Microsoft 365 / Copilot と同じ「集中化」の文脈にある。プライバシーが要るものは、 GitHub にも Codeberg にも置かない ── これがプライバシー原則の 徹底だ。
Markdown と Mermaid もそのままレンダリングされる
Forgejo / Gitea / Codeberg は、リポジトリの README.md や .md
ファイルを Web 画面でそのままレンダリング する。```mermaid
ブロックも標準でレンダリングされる。書いたものがそのまま Web で
見られる ── 別途静的サイトジェネレータをビルドしなくても、
社内 Wiki として機能する。
具体例:Forgejo + miniPC でどう運用するか
抽象的な「セルフホスト」は、具体例で見ると分かりやすい。
例 1:個人事業主のコンサルタント A さん
机の下に Beelink miniPC(3 万円、Ubuntu)。Forgejo を systemd で
常時稼働。ドメイン forge.example.jp を Cloudflare で取得、
Cloudflare Tunnel で外部公開(家のルーターに穴を開けない)。
リポジトリ構成:
client-master(顧客マスタ・契約書テンプレ)── プライベートengagement-2026Q2(現在進行案件のノート、Markdown)── プライベートinvoices(請求書テンプレ・JSON データ・生成スクリプト)── プライベートblog(公開記事の Markdown 原稿)── プライベート (公開は静的 HTML を Cloudflare Pages へ)home(個人ノート、メモ、本の感想)── プライベート
Zed で書く → git push → Forgejo に履歴が残る。机の MacBook が
壊れても、miniPC に履歴がある。バックアップは miniPC から外付け
SSD に毎日 cron で rsync。
例 2:5 人の制作プロダクション B 社
社内に Intel NUC(6 万円、Debian)。Forgejo に社員 5 人のアカウント、
それぞれ private リポジトリ + 共有プロジェクトリポジトリ。社内 LAN
からのアクセスのみ(外部公開しない、tailscale で社外からも安全に)。
client-projects/*(顧客ごとのプロジェクト一式 ── Markdown 原稿、 Mermaid 設計図、Python スクリプト、Altair で作ったレポート)internal-wiki(社内ルール、ワークフロー、議事録、業務手順)templates(契約書・見積書・提案書のテンプレ、Markdown + JSON)
社内 Wiki は internal-wiki の README.md を Forgejo の Web 画面
で開くだけ。Notion も Confluence も要らない。月額のサブスク料金
が消える(月 5 千円 × 5 人 × 12 ヶ月 = 年間 30 万円)。
例 3:学校教師グループ C さん(教員 3 人で共有)
職員室の片隅に Mac mini(中古、2 万円、macOS のままで Forgejo を 動かす)、LAN 内のみで運用、外部公開しない。
units-2026(各単元の教材 Markdown、Python で生成した練習問題)students-data(個人情報なので絶対外に出さない、SQLite + 統計)grade-aggregation(成績集計の Polars スクリプト)parent-letters(差し込み印刷用の Markdown テンプレ + JSON)
教員間で「あの先生の昨年度の単元」がそのまま見られる、git history
で「前任者がどう改訂してきたか」も読める。業務知識が学校に残る
(担当者の異動で消えない)。
これらに共通するのは、
- 3〜6 万円の miniPC + 月額費ゼロ(電気代は月数百円)
- Forgejo は単一バイナリ、設定は Claude に頼める
- プライベートに保つ・LAN 内限定にする・外部公開する、用途で 使い分ける
- 中身は Markdown + JSON + SQLite + Python(本書全体の道具立て)
「サーバーを立てる」が、想像よりずっと敷居が低いことが分かる。
本格的に仕事として Markdown を扱うなら、 書く道具(エディタ) と 置く場所(Forgejo) の両輪が要る。 一人でもバックアップは必須、プライバシーが要るものはセルフ ホストが基本 ── これが「自分のシステムを自分の側に置く」の Git 版だ(第5章)。
用途で使い分ける ── テキスト形式は四つで足りる
Markdown は 日常の標準 だが、これだけで全部を賄うわけではない。 用途に応じて、より適した テキスト形式 を選ぶ。
| 形式 | 役割 | 出力先 |
|---|---|---|
| Markdown | 短い思考の断片、Web 記事の草案 | ブログ、aiseed.dev |
| AsciiDoc | 体系的な構造分析、技術マニュアル | 高機能 HTML、電子書籍 |
| MyST (Jupyter) | データ分析レポート(計算結果付き) | インタラクティブな Web ページ |
| LaTeX | 厳格な形式が求められる報告書 | 高品位 PDF、印刷物 |
四つとも テキストファイル。バイナリではない。Git で履歴管理できる。 AI が直接読める。違うのは「どこまでの構造と表現力を持つか」だけ。
(言葉・データ・図)"] Intent --> Q1{"用途は?"} Q1 -->|"日常文書
(Web 記事・メモ・提案書)"| MD["**Markdown**
軽い、すぐ書ける"] Q1 -->|"体系的なマニュアル
(数百ページ・索引・相互参照)"| AD["**AsciiDoc**
構造表現が深い"] Q1 -->|"計算結果付きレポート
(コード + グラフ + 解釈)"| MY["**MyST (Jupyter)**
文書と計算を一体に"] Q1 -->|"印刷品質の報告書
(論文・行政・出版)"| TX["**LaTeX**
厳格な組版"] MD --> Web["ブログ・aiseed.dev"] AD --> HTMLEB["高機能 HTML / EPUB"] MY --> Interactive["インタラクティブ Web"] TX --> PDF["高品位 PDF / 印刷"] classDef pri fill:#e8f5e9,stroke:#7a9a6d,color:#3a4d34 classDef sec fill:#fef9e7,stroke:#c8a559,color:#5a4a1a class MD,AD,MY,TX pri class Web,HTMLEB,Interactive,PDF sec
Markdown ── 日常の標準
書きたいものの 8 割は Markdown で書ける。本書の各章も Markdown。
ブログ記事、議事録、メモ、提案書、報告書の下書き、社内 Wiki ──
すべて Markdown。最も軽い形式、テキストエディタで開ける、
変換先は pandoc で何でも(HTML / PDF / Word / EPUB / スライド)。
AsciiDoc ── 構造が深い時
数百ページの 技術マニュアル、複数の章節項を持つ 体系的な構造 分析、索引・参考文献・相互参照が要る文書 ── Markdown では構造の 表現力が足りない場面で AsciiDoc。条件付きの本文(版による違い)、 ファイルを跨ぐ自動相互参照、表現力の高い表組み・脚注・索引が 標準機能で揃う。O'Reilly の技術書も AsciiDoc で書かれている。 出力は 高機能 HTML、EPUB 電子書籍、PDF。
MyST (Jupyter) ── データと文章を一体に
データ分析レポートには、計算式・コード・グラフ・文章による解釈
が混ざる。MyST は Markdown の拡張で、Jupyter Notebook の計算セル
を文書に埋め込める。polars / matplotlib / altair の出力を
本文と一緒に管理、再実行すれば結果が更新される。「文書」と
「計算」が分離していないレポートを作るための形式 ── 第1章で扱った
JupyterLab の世界と直結する。出力は インタラクティブな Web ページ
(ズーム可能なグラフ・展開可能なコード)。
LaTeX ── 紙に印刷する時、厳格な体裁が要る時
学術論文、社内公式報告書、書籍出版、行政提出書類 ── 「紙で
読まれる」「組版品質が要求される」文書。数式、化学式、図表番号、
参考文献の自動採番、ページ参照、目次、索引 ── すべて自動。
最終出力は 印刷品質の PDF(xelatex で日本語も)。
50 年動いている技術で、これからも 50 年動く。
AI が書くので、文法を覚える必要はない
「AsciiDoc も MyST も LaTeX も独自の記号があって、学習コストが 高そう」── 旧来はそうだった。だが AI ネイティブな働き方では、 これは問題にならない。
あなた:この提案書を AsciiDoc にして。章節構造はそのまま、 相互参照と索引を付けて、HTML と EPUB に出せる形にして。
Claude:(AsciiDoc が返る)
あなた:この分析を MyST にして。集計コードと Altair のグラフを 本文に埋め込んで、Jupyter Book でビルドできる形に。
Claude:(MyST が返る)
あなた:この報告書を LaTeX で。表紙、目次、参考文献、索引付き、 A4 で印刷できる形に。
Claude:(LaTeX が返る)
人間は 読めればいい。読めれば、Claude が出した出力が正しいか 判断できる。書ける必要は無い。Markdown でも AsciiDoc でも MyST でも LaTeX でも、原則は同じ ── 書く能力ではなく、使う能力。
迷ったら Markdown で始める。書いてみて、構造が深くなりすぎたら AsciiDoc に、計算が増えてきたら MyST に、印刷品質が要るなら LaTeX に ── Claude に変換を頼むだけで移れる。
Word ファイルが届いたら
組織の中で働く限り、Word ファイルは届き続ける。来た Word をどうするか。
簡単だ。Claude に渡して Markdown にしてもらう。
その Markdown を読んで、考えて、応答する。応答も Markdown で書く。送り返すときに Word が要るなら、Markdown を Word に変換する(これも Claude に頼める)。
自分の作業領域を Markdown に保つ。組織が要求する形式は、入口と出口の変換だけで吸収する。中身は構造として保たれる。
10年後も読める
Word の .doc 形式は、20年前のファイルを今開けないことがある。書式情報が現在の Word の解釈と合わなくなり、レイアウトが崩れる。フォントが置換される。
Markdown は、ただのテキストファイルだ。10年後も20年後も、テキストエディタがあれば読める。AI ならもっと簡単に読める。
構造を残せ。書式は捨てろ。
書式は今を飾る。構造は時間を超える。
実例: 数字で見る
Word の議事録 50 ファイル(計 5 MB)を Markdown にすると、合計 250 KB。20 分の 1。Git で履歴管理、grep で検索、Claude に渡すコストも比例して下がる。
「先月の議事録から決定事項を抜き出して」── Word 50 ファイルを開いて手作業で抽出すれば半日。同じデータを Markdown にしておけば、Claude に丸ごと渡して数秒で返ってくる。
Word 起動時間: 3〜10 秒。Zed で *.md を開く時間: 0.3 秒。1 日 30 回開くと、年間 30 時間以上の節約。
Word ファイルの token 消費: 5,000 文字で約 8,000 トークン(書式情報を含むため水増しされる)。同じ内容の Markdown は約 4,000 トークン。Claude に渡し続けるなら、書式は捨てるほどコストが下がる。
まとめ
道具を AI 時代に合わせれば、書く側の手元が軽くなる。
Word から Markdown へ。日常文書はこれで十分。長大なマニュアル なら AsciiDoc、計算付きレポートなら MyST、印刷品質の報告書なら LaTeX ── 用途で使い分ける。共通するのは「書式ではなく構造を 残す」「テキストファイルだから AI が直接読める」「AI が書くので 文法を覚えなくていい」── この三つだけ。
たった一歩で、書く対象が「見栄え」から「中身」に移る。AI が同僚に なる。10 年後も読める文書ができる。
次の章では、図を描く話に進む。PowerPoint から、Mermaid と Claude デザインへ。
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- 第4章: デザインをする ── Mermaid と Claude デザインで作る
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- それでも Windows と Office を使い続けますか?
実例
再現可能なソース・コマンド・実測結果を、別ページにまとめてある。