自立編 2-11 / Essay
自立編 2-11 № 11 · 2026

全ての上に、
自前の AIを乗せる。

全ての上に AI を乗せる ── 自社データに通じた答えを、自分の側で

自立編の最後に、これまで立てた全ての上に AI を乗せる。土台・門番・文書・コード・メール・会議 ── そこに積まれた自社のデータに通じた AI を、自分の側に持つ。2-02で有効にした pgvector が、ここでようやく効く。

なぜ自前の AI か

モデルを立てる ── North Mini Code を Ollama で

手軽に始めるなら Ollama。オープンウェイトのモデルを一行で立て、API として使える。

最初に入れるのは North Mini Code(Cohere)── オープンウェイト (Apache 2.0)の、エージェント型コーディングモデルだ。「ビルダーが AI にコードを書かせる」という、本シリーズの中心の道具にあたる。30B の MoE でアクティブは 3B と軽く、ローカル機でも低遅延で動く。

docker run -d -p 11434:11434 ollama/ollama
docker exec -it ollama ollama pull north-mini-code    # オープンウェイト、手元で動く

試すだけなら OpenRouter の無料枠で叩けるが、本番は自前で動かし、コードもデータも外に出さない。Cohere は、欧州の Aleph Alpha と並ぶ ソブリン AI の一角だ(→ ブログ 027)。

RAG やチャットには、これとは別に 汎用モデル(Qwen など)と埋め込みモデルを、同じ Ollama に並べて乗せる。処理量が増えたら、スループットの高い vLLM に載せ替え、より高い品質が要る常時処理には、私的デプロイできる Command A(Cohere、2-02で触れた)を選ぶこともできる。まず立てて、必要に応じて差し替える

RAG ── pgvector に効かせる

ここが2-02の回収だ。社内の文書・コード・メールを 埋め込み(ベクトル) にして pgvector に入れ、質問に近い断片を引いて、モデルに答えさせる ── これが RAG(検索拡張生成)だ。

# 1) 文書を埋め込み、2-02の pgvector に入れる
emb = embed(text)                       # ローカルの埋め込みモデル
pg.execute("INSERT INTO docs(body, embedding) VALUES (%s, %s)", [text, emb])

# 2) 質問に近い断片を引き、モデルに渡して答えさせる
hits = pg.execute(
  "SELECT body FROM docs ORDER BY embedding <=> %s LIMIT 5", [embed(q)])
answer = llm(f"次の資料に基づいて答えよ:\n{hits}\n\n質問: {q}")

2-02で「器だけ用意した」テーブルが、いま中身を得る。自社の実データに基づいて、出典つきで答える AI が、自分の側に立つ。

AI は門番を迂回しない

一つだけ、先に設計として決めておくことがある。RAG は、聞いた人が開ける文書の中でだけ検索する ── これを最初から仕様に書く。全社の文書を食わせた AI に、権限のない社員が質問すれば、開けないはずの文書の中身が答えとして漏れる。門番(2-03)と xattr の権限(2-05)を、ここで迂回させてはいけない。

やり方は二段でいい。既定では、RAG に載せるのは 2-10 で整備した 全員が読める共有知識だけ にする ── 載せる範囲を整備の時点で決めるのが、一番確実だ。権限のある文書まで検索させたい場合は、pgvector の行に文書の権限を持たせ、検索を その人のトークンで絞る。出典が、その人の開ける文書だけになる。

検索も、鍵の内側で行う。 AI は、門番を迂回しない

チャット UI ── Open WebUI

人が使う窓口は Open WebUI。ChatGPT や Copilot に似た画面で、立てたモデルと RAG につながる。2-03の門番の内側、リバースプロキシの先に置く。

ai.example.com { reverse_proxy open-webui:8080 }

どこまで自前にするか ── 正直に

オープンモデルは実用十分まで来た。だが、最も難しい判断や大規模なコード生成では、いまも Claude のような最前線モデルが強い。これはメールの送信中継(2-06)や Cloudflare(2-08)と同じ構図だ。

主導権は自分の側に、能力は必要な分だけ借りる。全部を自前にすることが目的ではない ── データと日常処理を手元に置き、難所だけ外に出す。

そして、自前に持てる範囲は、ハードの進化とともに広がる。AMD の Ryzen AI Max PRO 400 シリーズ(2026 年 Q3、ASUS・HP・Lenovo から)は、最大 192GB の統合メモリ(うち最大 160GB を VRAM に)を積み、x86 クライアントで初めて 300B 級のモデルをローカルで動かせる。これが載った PC が手元に来れば、社内文書管理を主目的に、Command A+(Cohere、私的デプロイ可、出典つきの RAG)を、丸ごと自前で回せる。いま「借りる」しかない重い文書 RAG も、手元に降りてくる ── 借りる側の線は、年々後退していく

自前の AI の価値は、賢さの最大化ではない。 自社データを手放さずに、AI を日常に組み込めることだ。

まとめ ── 自立編の終わりに

全ての上に、自前の AI を。

2-02から2-11まで、Microsoft 365 と基幹のベンダー製品を、一つずつ OSS に置き換えてきた。土台・門番・文書・コード・メール・会議・予約・ Web・情報の整備・AI ── そのどれも、書いたのではなく、立てた

2-02の最初に書いたとおり ── AI の効果より、OSS の効果のほうが大きい。汎用は、すでに世界で共有されている。

これで「どう作るか(自立編)」は終わる。次章からは視点が変わる ── 「なぜこれが産業構造を変えるのか(転換編)」。自分で立てられる時代に、 SIer 委託モデルがなぜ構造的に不経済になるのかを問う。


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