第7章 / Essay
第7章 № 07 · 2026

できるだけ多くの人が、
食料生産に関わる

できるだけ多くの人が、できるだけの規模で食料生産に関わる

ここまでで、

を見てきた。

ではこれを、現実の日本で どう実装するか

最初に、ひとつの重要な認識を共有しておく必要がある。

できるだけ多くの人が、自分の食べる分の一部でも作らなければ、 社会全体として食料が生産できない時代に入る

これは精神論ではない。第3章で見た「工業型農業の収支が成立しない」 ことの直接的な帰結である。専業農家が経営できずに退場していくとき、 誰かがその穴を埋めなければ、国内の食料生産そのものが消える

ただし、第4章で確認したとおり、「全員が専業農家になれ」という意味 ではない。スケールごとに違う実装 ── 専業の一反百姓、耕作放棄地の 小規模再生、家庭のベランダ菜園 ── が、それぞれの規模で食料生産を 担う。多くの人が、少しずつ、自分の規模で関わる。これが、これから の食料供給の現実的な姿である。

7.1 日本では、大規模農業そのものができなくなる

第3章では「工業型農業の収支が成立しない」と言った。 ここでもう一段踏み込んで言えば、こうなる。

肥料制約のもとで、日本では大規模農業そのものが、 物理的に成立しなくなる

「儲からないから縮小する」のではない。「やろうとしても、できない」 という段階に入る、ということだ。

理由は日本特有の事情にある。

肥料が来なければ、大規模農業は動かない

第1〜2章で見たとおり、日本の化学肥料は 約 9 割を海外に依存 して いる。リン酸も、窒素の原料も、カリも、ほぼ全量が輸入である。 そして輸入は構造的に細っていく。

大規模農業 ── 数 ha 〜 数十 ha を機械化して回す農法 ── は、化学 肥料の大量投入を 前提に 設計されている。種子を密に播き、化学肥料 で生育を強制し、農薬で病害虫を抑え、機械で一気に収穫する。 この構造は、肥料が安価で潤沢に来るときだけ成立する。

肥料の絶対供給量が減れば、大規模化を支える前提そのものが消える。 「肥料を半分に減らして、規模はそのまま」は、収量崩壊を意味する。 土壌微生物が回復していないところでは、化学肥料を抜けば作物は育たない。

地形と農地の構造

日本の農地は、もともと小規模分散型である。山がちで、棚田・段々畑が 多く、米国やウクライナのような連続した平野は少ない。戦後、農地を 大区画化する努力はあったが、地形が許す範囲には限界がある

機械化のスケールメリットも、欧米ほどは効かない。それでも工業型農業 が成り立っていたのは、安価な肥料と機械、そして輸入飼料・輸入穀物 との分業構造があったからだ。

肥料が高くなり、規模拡大の効果も限定的となれば、日本で大規模農業 を維持する経済的・物理的な土台が、両方とも崩れる

結論:大規模化で乗り切る道は閉じている

「肥料が高いなら、規模を拡大して効率化すればよい」という処方箋は、 肥料が安い時代の発想である。肥料の絶対量が減る局面では、規模拡大は コストの拡大 であり、肥料制約の回避にはならない。

肥料制約 + 日本の地形 + 輸入飼料の高騰 = 大規模農業は維持不能。

ここから出てくる答えは、ひとつしかない。 小規模分散型に戻る こと。多くの人が、それぞれの規模で関わる 食料生産に、社会全体として移行することである。

ただし、ここで一つ重要な区別をしておく必要がある。 「大規模農業ができなくなる」と言ったが、すべての作物が一律にダメに なるわけではない。決定的なのは、その作物が 機械化に乗るかどうか である。これを次節で見る。

7.2 機械化できる作物、機械化できなくなる作物

工業型農業とは、突き詰めれば 機械化 である。トラクター、コンバイン、 収穫機、自動潅水、ポストハーベスト処理 ── これらの機械が、人間の手 の代わりに大量の食料を生み出す。化学肥料も農薬も、機械化と一体で 設計されている。

ということは、肥料制約と労働力減少のもとで生き残るのは、

機械化が成立する作物だけ である。

逆に言えば、機械化に乗らない作物は、工業型大量生産の枠組みから 外れる。これらは「人手で作るしかない」作物群となる。

これが、作物選びと国内生産の優先順位を考える上で、決定的に重要な 区別である。

機械化に乗る作物 ── コンバインで一気に収穫できるもの

機械化の核心は、収穫の機械化 である。一面の畑をコンバインで一気に 刈り取る、あるいはハーベスタで地面ごと掘り起こす ── これが工業型 農業の生産性を支えてきた。

機械化が成立するのは、

区分 作物 機械化の鍵
穀物 米(平野・水田)、小麦、大麦、ライ麦 コンバイン
飼料・油糧 トウモロコシ、大豆、ナタネ、ヒマワリ コンバイン
雑穀 ソバ コンバイン
根菜 ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ ポテトハーベスタ
牧草・サイレージ チモシー、デントコーン(青刈り) モア + ベーラー
一部加工用野菜 加工用トマト、加工用キャベツ、タマネギ 機械収穫

これらは、広い平野均質な圃場 が確保できれば、少人数で大量に 作れる。米国中西部、ウクライナ黒土地帯、カナダのプレーリー、豪州の 小麦地帯 ── 工業型農業はこの条件のもとに成立してきた。

肥料が細っても、これらの地域では 大型の機械、広大な土地、相対的に 肥沃な土壌 という資産が残る。ある程度の生産は続けられる(品質や 量は落ちるとしても)。

つまり、機械化に乗る作物は、世界のどこかで作られ続ける。日本が これらを輸入し続けることは、当面は可能である。

機械化に乗らない作物 ── 人手が要るもの

問題は、その逆だ。

多くの生鮮野菜・果実は、機械収穫がほぼ成立しない。一個ずつ熟度を 見て、傷をつけずに収穫する作業は、機械では難しい。これらは現代でも 人手に依存 している。

区分 作物 機械化が困難な理由
葉物野菜 キャベツ、白菜、レタス、ほうれん草、小松菜、青梗菜 一個ずつ熟度判別、傷つきやすい
果菜類 トマト(生鮮)、キュウリ、ナス、ピーマン、ズッキーニ 同じ株から段階的に収穫
根菜(小規模圃場) ダイコン、ニンジン、カブ(日本の畑) 圃場が小さく機械が入らない
果樹 リンゴ、ナシ、ミカン、ブドウ、桃、カキ、ウメ 高い位置・複雑な樹形
ベリー類 イチゴ、ブルーベリー、ラズベリー 柔らかく傷つきやすい
嗜好作物 お茶、ハーブ類、薬草 細かい摘み取り
ナッツ クリ、クルミ(個別の品質確認) 部分的にしか機械化できない
キノコ シイタケ、ナメコ、ヒラタケ 完全に手作業

世界中、これらの作物は人手に依存している。米国でさえ、生鮮野菜の 収穫は依然として人手 ── 多くはメキシコからの季節労働者 に頼って いる(7.3 で見るとおり、米国は生鮮野菜の約 30% を輸入しているが、 それは「人手で収穫する作物」の構造そのものである)。

日本ではさらに条件が悪い。

つまり、日本で生鮮野菜・果実を「工業型大量生産」しようとしても、 そもそも構造が成立しない

機械化と再生農業 ── 「機械化作物」も両立するとは限らない

ここで、もう一段の検討が必要になる。

これまでの「機械化に乗る作物」リストは、20 世紀の工業型農業 ── 化学肥料と農薬を潤沢に使う前提 ── で成立する機械化を念頭に書いた。

しかし第8章で見るとおり、再生農業(regenerative agriculture)の 原則は 不耕起、裸地禁止、生きた根を絶やさない である。これらと 機械化のあり方は、必ずしも整合しない。

決定的なのは、収穫が土壌を撹乱するかどうか である。

コンバイン収穫 ── 再生農業と両立する

コンバインは、立っている作物を 地上で刈り取る 機械である。

これらは 根が土中に残り、残渣が地表に戻る。次のカバークロップを 播けば、生きた根もすぐに復活する。不耕起と両立する

実際、Gabe Brown は不耕起のコンバイン収穫穀物・大豆を 20 年以上 続け、SOM を 1.7% から 11% 以上に上げた(第6章)。再生農業 × 機械化 × 大量生産が成立する典型例 がここである。

ハーベスタで掘り起こす作物 ── 再生農業と衝突する

問題はこちらだ。

これらは、収穫の機械化そのものが 大規模な土壌撹乱 を伴う。

ジャガイモを毎年機械で収穫する畑は、毎年「全面耕運」される畑と 同じである。菌根菌ネットワークも、団粒構造も、毎年壊される。 微生物相は、それに耐えられない。

不耕起の原則 ── 微生物ネットワークを壊さない、団粒構造を保つ ── と、これらの機械化収穫は 互いに排他的 である。少量を手掘り すれば再生農業と両立できる(家庭菜園・一反百姓のレベル)。しかし 機械化された大量生産 と再生農業は、両立しない。

全植物を切る・撤去する作物 ── 中間

これらは土壌を直接掘り起こしはしないが、生きた根を絶やさない 原則(第8章)とは衝突しがちだ。直後にカバークロップを播けば回復 はするが、管理の手間は増える。

さらに ── 連作障害とローテーション制約

ここで、もう一つ重要な制約が乗ってくる。連作障害 である。

工業型農業は、同じ作物を同じ畑で毎年作る ── あるいは短いローテー ション ── を、化学的な土壌処理で支えてきた。土壌消毒、殺菌剤、 殺線虫剤、化学農薬。これらで土壌病害を抑え込むことで、連作が成立 していた。

再生農業では、これらの化学処理は使わない。代わりに 長いローテー ション で土壌病害をかわす。これは、特に 「中」段階の作物 に 重い制約として効いてくる。

キャベツ・白菜などアブラナ科 ── 根こぶ病で 5〜7 年ローテーション

加工用キャベツやブロッコリー、白菜などのアブラナ科(ブラシカ科) は、根こぶ病(クラブルート、Plasmodiophora brassicae) という 土壌病害を持つ。

つまり、ある畑で機械化されたキャベツを作るには、その畑では 5〜7 年に 1 度しか キャベツを作れない。残りの年は別の作物(穀物、豆、 牧草、根菜以外)を作る必要がある。

タマネギ ── 白色腐敗病で長期ローテーション

タマネギも、白色腐敗病(White rot、Sclerotium cepivorum) という 土壌病害を持つ。菌核(休眠体)は土壌中で 十数年〜数十年 生存する とされる [要検証]

これも、化学殺菌剤抜きでは長いローテーション(7 年以上)が要る。 タマネギを毎年同じ畑で機械化大量生産する、という構造は、再生農業 では成立しない。

加工用トマト ── 3〜4 年ローテーション

加工用トマトも、青枯病、萎黄病、根腐れ病 などの土壌病害が連作で 蓄積する。標準的には 3〜4 年のローテーション が必要 [要検証]

トマトはアブラナ科ほど深刻ではないが、それでも工業型のような毎年 連作はできない。

ローテーション制約が意味すること

この制約から、何が出てくるか。

「中」段階の作物 ── 加工用キャベツ、加工用タマネギ、加工用トマト ── は、再生農業のもとでは、同じ畑で毎年作ることができない

機械化そのものは技術的には成立する。しかし、ある畑で実際に作る のは 3〜7 年に 1 度。残りの年は別の作物を回す必要がある。

これが意味するのは、

つまり、技術的には「機械化可」でも、経済的には大量生産が成立しに くくなる。これらの作物は、「低」段階(ジャガイモ等)ほどではない が、実質的には大規模機械化の枠組みから外れていく 可能性が高い。

このローテーション制約は、再生農業の 長期持続性の代償 として 受け入れる必要がある。短期的に高密度に作ることはできない。代わりに、 土壌が病害に支配されない健全な状態を維持できる。

工業型は、化学処理で連作を可能にした代わりに、土壌生態系を疲弊 させた。 再生農業は、ローテーションで土壌を守る代わりに、単位面積あたり の出荷量を諦める。 どちらを選ぶかではなく、化学処理が使えなくなる時代には、後者 しか残らない

そしてもう一つ ── これらは「化学肥料がないと収量が落ちる」作物でもある

ここまで「機械化と再生農業の両立」「連作障害とローテーション」の 二軸で見てきた。実はもう一つ、決定的な軸が残っている。

化学肥料への依存度 である。

ここで重要な区別をしておく必要がある。

「化学肥料がなければ収量が落ちる作物」には、二つの段階がある。

段階 A:化学肥料がないと、製品そのものが成立しない作物

これは特に F1 ハイブリッド野菜 で顕著だ。

これらは、化学肥料を抜けば、製品としての形が出ない。作っても 売れる規格にならない。「収量が下がる」というよりも「商品が成立 しない」段階に入る。

実際、自然農法の現場でも、キャベツ・タマネギ・F1 トマトは「初心者 には難しい」「いい土ができてからでないと結球しない」と言われる ことが多い。これは経験則だが、上の分析と整合する。

段階 B:化学肥料があれば収量は伸びるが、なくても成立する作物

これと区別すべきなのが、穀物群 である。

実際、世界中で 近代小麦の不耕起・カバークロップ大規模経営 は 広く実践されている。

つまり、近代小麦は再生農業 × 機械化 × 大規模で十分に成立する。 緑の革命品種だからといって、化学肥料前提と決めつける必要はない。 窒素を入れれば最大収量が出るが、入れなくても穂は形成される。 カバークロップ(マメ科)で N を補う、輪作で病害をかわす、不耕起で 土壌を維持する ── これらの組み合わせで、規模を維持できる。

ただし、近代トウモロコシは別

近代トウモロコシ(デントコーン、スイートコーン F1)は、穀物の中で も特に窒素需要が大きく、低投入での収量低下が著しい。マメ科との カバークロップ・輪作で部分的に補えるが、近代小麦ほどには低投入適性 がない。緑の革命の中でも「窒素依存が極端な作物」として扱う方が正確 である。

依存度には段階がある

段階 作物 化学肥料を抜くと
段階 A:製品が成立しない F1 キャベツ・タマネギ・F1 トマト・F1 葉物野菜・加工用ジャガイモ 規格品にならない
強い依存(中間) 近代トウモロコシ 収量大幅減
段階 B:収量は落ちるが成立 近代小麦、近代米、近代大豆 7〜9 割で成立可
段階 C:もともと低投入 在来穀物、雑穀、マメ科、根菜、伝統野菜、果樹 ほぼ影響なし

自然農法で栽培しにくいのは、主に段階 A の作物である。段階 B は、 適切な再生農業の管理(カバークロップ、輪作、不耕起、菌根菌活用)で 規模生産が成立する。段階 C は、もともと低投入で作れる。

なぜ穀物・豆類は低投入で成立するか ── 菌根菌との共生

ここに 植物学的な裏付け がある。第5章で見たとおり、植物の多くは 菌根菌(マイコリザ)と共生して、土壌中のリン・窒素・ミネラルを 受け取る能力を持つ ── 化学肥料がなくても、微生物が栄養を運んで くるしくみだ。

そして、この共生能力には植物群によって大きな差がある

イネ科(米、小麦、大麦、トウモロコシ、ライ麦、雑穀、牧草)

マメ科(大豆、小豆、インゲン、エンドウ、クローバー、レンゲ、 アルファルファ)

つまり、穀物と豆類は 進化的に「土壌微生物に外注する」体質に 作られている。化学肥料がなくても、菌根菌と根粒菌が栄養を運んで くる。再生農業の不耕起・低投入・カバークロップと、生物学的に 噛み合う

Gabe Brown のノースダコタの不耕起経営、オーストラリアの不耕起 小麦地帯、戦前日本の稲作 ── すべて、イネ科とマメ科の菌根菌・ 根粒菌の力を、結果的に活かしてきた。

これが、第5章(土壌微生物という戦略)と直接つながる根拠である。

ブラシカ科・アカザ科は、植物学的に菌根菌と共生しない

逆に、段階 A の作物群が化学肥料に強く依存する理由も、ここに ある。

キャベツ・白菜・ブロッコリー・カリフラワー・ダイコン・カブなどの アブラナ科(ブラシカ科、Brassicaceae) は、菌根菌とほぼ共生 しない 植物群である [要検証:botanical fact]。これは植物学的に 確立した事実で、アブラナ科は進化の過程で菌根菌との共生関係をほぼ 失った数少ない科のひとつ。

その結果、

つまり、ブラシカ科は生物学的に「自然農法に向いていない」科 で ある。F1 化育種でさらに化学肥料前提に追い込まれているが、依存性の 下地は植物の科そのものにある。

ホウレンソウ・テンサイの アカザ/ヒユ科(Amaranthaceae) も、 同様に菌根菌と共生しないことが知られている。これらも自然農法では 作りにくい部類に入る。

改良品種は、同じパターンに収束している

ここで一つ、品種改良の歴史的な構造に触れておく必要がある。

F1 キャベツ、F1 タマネギ、F1 加工用トマト、加工用ジャガイモ ── これらは別々の作物だが、改良の方向性が驚くほど似ている

20 世紀後半の品種改良は、化学肥料・農薬・機械化と一体で進められた。 「改良された」とは、ほぼ「工業型農業に最適化された」と同義 で あった。緑の革命の小麦・トウモロコシ品種はその典型だが、野菜・ イモ類でも同じ収束が起きた。

その結果、ジャガイモの加工用品種、F1 タマネギ、F1 加工用トマト、 F1 ブラシカ科野菜は、作物としては別物でも、化学肥料への依存性 という点では兄弟のように似ている。これらをまとめて「段階 A」と 扱うのは、品種改良の歴史的構造に基づく。

逆に、在来種(伝統品種)に戻れば、低投入でもそれなりに作れる

つまり、段階 A の作物群は「品種を在来に戻す」+「混植・輪作」 +「人手収穫」で、ある程度は作れる。ただし量は次節で見るとおり、 工業型の 5〜10% 規模になる。

ブラシカ科・アカザ科を自然農法で作るには ── 混植と輪作、しかし生産量は激減する

「ブラシカ科やアカザ科は自然農法で作りにくい」と言ったが、ゼロでは ない。化学肥料という外部投入を使わずに、これらの非菌根菌作物を 作る方法はある。ただし、規模は桁違いに小さくなる

主な手段は二つだ。

1. 混植(コンパニオンプランティング、intercropping)

菌根菌と強く共生する植物 ── イネ科、マメ科 ── を、ブラシカ科・ アカザ科の作物と 同じ畝、または隣り合う畝 に植える。

具体例:

伝統的なヨーロッパ家庭菜園、日本の在来畑、パーマカルチャーの実践 として古くから知られている方法だ。

2. 輪作(crop rotation)

ブラシカ科・アカザ科を作る年と、土壌を回復する年を分ける。

例として、7 年ローテーションの一例:

作物 役割
1 クローバー(マメ科) N 固定、土壌回復
2 小麦(イネ科) 菌根菌ネットワーク維持、収穫
3 ジャガイモ アブラナ科とは別の科で中休み
4 麦類 + クローバーミックス 再度の N 蓄積
5 大豆(マメ科) N 固定、収穫
6 キャベツ・白菜 アブラナ科の年
7 ライ麦 + ヘアリーベッチ(カバークロップ) 来年へ向けて

この場合、キャベツを作れるのは 7 年に 1 度 だけ。残りの 6 年は 別の作物が同じ畑を使う。

結果 ── 生産量は工業型の 5〜10% 規模に

混植と輪作で、確かにブラシカ科・アカザ科を化学肥料なしで作ることは できる。しかし量を計算すると、

つまり、自然農法でこれらの作物を作ることは可能だが、量は桁違いに 小さくなる

社会全体としてキャベツ・タマネギ・ホウレンソウを工業型と同じ規模で 維持しようとすれば、5〜10 倍の農地 が必要になる。日本ではそれは 不可能だ(全耕地面積を超えてしまう)。

三軸まとめ ── 機械化 × 再生農業 × 化学肥料依存

ここまでの議論を、「機械化 × 再生農業 × 化学肥料依存」の三軸で 評価し直すと、こうなる。

作物 機械化 再生農業の原則 化肥依存 自然農法での総合
米(在来・現代品種) 両立 低〜中 作れる(規模可)
近代小麦 両立 中(段階 B) 作れる(規模可)
大豆・豆類 両立 低(自己固定) 作れる(規模可)
伝統小麦・雑穀 両立 作れる(規模可)
牧草・サイレージ 両立 作れる(規模可)
近代トウモロコシ 両立 部分的に作れる(マメ科 CC で補完)
サツマイモ 半可 衝突 作れる(人手)
在来根菜 半可 衝突 作れる(人手)
在来ジャガイモ 半可 衝突 低〜中 作れる(人手・小規模)
加工用ジャガイモ(現代品種) 衝突 高(段階 A) 作りにくい
加工用キャベツ(F1) 衝突(連作) 高(段階 A) 作りにくい
タマネギ(F1) 衝突(連作) 高(段階 A) 作りにくい
加工用トマト(F1) 衝突(連作) 高(段階 A) 作りにくい
近代 F1 葉物野菜 不可 連作可だが地温不安定 高(段階 A) 作りにくい

「作りにくい」と評価される作物は、

複合的な圧力 を受ける。これらは、工業型でも作りにくくなり、 かつ自然農法でも作りにくい 作物である。

社会全体としてこれらの作物の生産量は、長期的に減少していく方向 にしか動けない

食卓そのものが、構造的に変わる

ここから出てくるのは、食卓そのものが構造的に変わる という見通し である。

化学肥料・大規模機械化・連作を前提にして、段階 A の作物が安価に 大量供給されてきた 構造 ── これは細る。

これらは、現状の価格・量では維持できなくなる方向に動く。

一方、穀物・大豆・牧草 は世界が再生農業に移っても、規模生産が 維持される。米国・カナダ・豪州・ウクライナの近代小麦・大豆・牧草 の不耕起経営は、すでに大規模に成立している。日本の食卓を支える

の主要部分は、自然農法・再生農業の枠組みでも維持できる。

加えて、自然農法で作りやすい

が、相対的に重みを増す。

総じて、食卓は「段階 A の F1 重肥料食い加工食品」中心の戦後構造から、 穀物 + 豆 + 根菜 + 季節野菜 という、より素朴な構造へ向けて再編 される。これは結果的に、戦後の食生活が始まる前 ── 和食の基本構造 ── に近づいていく。

第4章で触れた戦時英国の例も同じだった。配給制下で英国の栄養状態 が改善した のは、加工肉・加工小麦への依存を下げ、根菜・豆・牛乳・ 穀物への依存を上げた結果である。「量が減ること」と「栄養が落ちる こと」は同じではない。

化学肥料・機械化・連作のすべてが効いていた時代の食卓は、 その時代と一緒に終わる。 残るのは、もっと素朴で、しかし栄養としては十分な、伝統食の核心 である。

これは日本だけの話ではない ── 世界的な野菜不足が起きる

ここまでの分析は日本の文脈で書いてきたが、論理を構成する要素は すべて 世界共通 である。

つまり、段階 A の作物(F1 キャベツ・タマネギ・加工用トマト・加工用 ジャガイモ等)が大量生産できなくなる現象は、世界中どこでも起きる

米国でも、欧州でも、メキシコでも、中国でも、同じ圧力がかかる。

世界的な野菜不足の構造

具体的に何が起きるか。

1. 主要産地の生産量が落ちる

2. 輸出余力がなくなる

各国は自国民の食料供給を優先する。輸出に回せる量が減る。 米国ですら、生鮮野菜の約 30% を輸入 している(7.3 で見たとおり) ── その輸入元(主にメキシコ)が細れば、米国の店頭から冬野菜が消える。

3. 季節輸送野菜から早く崩れる

冬に温暖な地域(メキシコ、南欧、北アフリカ)から運んでくる 冬の 生鮮野菜 ── これは肥料 + 輸送 + 労働力 + 機械化のすべてに依存して いる ── が、最も早く構造的に細る。

各地域は、自分のところで作れる季節の野菜に回帰せざるを得ない。

4. 価格が世界的に上がる

供給が細れば、世界市場の野菜価格は上昇する。日本の輸入野菜の価格 にも直撃する。

日本の選択肢は限られる

世界中で野菜供給が細るなら、日本が「足りなければ輸入で凌ぐ」と 言っても、買える野菜がない、あるいは桁違いに高価になる という 状況に近づく。

第4章で確認した「不足分は輸入で補う」という戦略は、

国内で人手で作るしかない。そしてそれは、多くの人が、それぞれの 規模で関わる 食料生産でしかできない。

「できるだけ多くの人が食料生産に関わる」という命題は、 日本の食料安全保障の話だけではない。 世界的な野菜供給制約への、唯一の現実解 でもある。

世界中で同じ圧力が同時にかかるとき、輸入で逃げ切れる国はなくなる。 それぞれの国・地域・コミュニティが、自分のところで人手で作る方向 にシフトする。これは日本特有の課題ではなく、世界規模で起きる 食料生産の再分散 の一部である。

7.3 当面は輸入で凌ぐ ── ただし無限には続かない

国内の大規模農業が縮小し、小規模分散型への移行に時間がかかる あいだ、不足分はどう埋めるか。

答えはひとつしかない。当面は輸入で凌ぐ

幸い、世界には日本よりはるかに豊かな農地を持つ国がある。 米国(中西部の大平原)、ウクライナ(黒土地帯)、カナダ、オーストラ リア、ブラジル ── これらの国は、

という条件を備えている。

肥料制約の影響を受けるのは世界共通だが、もともと土壌が豊かな地域 ほど、影響は相対的に軽い。日本のように肥料投入を抜くと収量崩壊する 構造になっていない国もある。

だから、当面の数年〜十数年は、これらの国からの輸入で日本の食卓を 支えること自体は、現実的な選択 である。これを否定する必要はない。

工業型農業が崩れる移行期、輸入は社会の緩衝材として機能する。 これを使うこと自体は、現実的で合理的である。

しかし、それは無限に続くわけではない。そして、「輸出国は自国 で全部作っている」という前提も、実は成立していない

米国でさえ、野菜は輸入している

意外に思われるかもしれないが、世界最大級の農業国である米国も、 野菜の相当部分を輸入している

米国農務省 (USDA) の統計によれば、

つまり、

米国は 穀物・大豆・食肉の輸出大国 ではあっても、 野菜・果実は輸入大国 でもある。

これは、現代の食料供給が グローバルに分業されている ことを示している。 肥沃な平野を持つ米国でさえ、野菜まで全部自国で作っているわけではない。 冬の野菜は、温暖なメキシコや中米から運んでくる方が合理的だから、 そうしている。

オーストラリアも、欧州諸国も、状況は似ている。「自国で完全に食料 自給している国」は、現代世界にはほぼ存在しない。

この事実が示すこと

ここから二つのことが言える。

一つ目:日本だけが特殊なわけではない

「日本は食料自給率が低い」という議論は、しばしば日本を異常事態の ように描く。しかし、現代の食料供給はそもそもグローバルに編まれて いる。米国も、欧州も、カナダも、自国で作れないものは輸入している。

日本が輸入に頼っていること自体は、現代の食料システムでは普通の姿 である。問題は 輸入の安定性が崩れていく局面に入ったこと であって、 輸入そのものが悪いわけではない。

二つ目:しかし、その網は思ったより細い

米国がメキシコから野菜を輸入しているように、各国の食料供給は 互いに依存しあった細い網 で成り立っている。気候、戦争、貿易摩擦、 通貨、エネルギー価格 ── どれかが崩れれば、網のどこかが切れる。

米国がメキシコから野菜を取れなくなれば、米国の店頭から冬野菜が消える かもしれない。すると米国は他の国から買おうとする。世界市場の野菜の 価格が上がる。日本にも余波が来る。

食料は、産地から食卓まで、見えにくい長い網でつながっている。 その網は、平時には機能する。しかし切れやすい。

輸入が永続できない 4 つの理由

理由 1:輸出国も自国優先に動く

第1章で見た中国の輸出規制と同じ動きが、食料についても起きうる。 米国もウクライナも、自国民の食料安全保障を脅かしてまで、輸出を 続ける義理はない。気候変動、戦争、政変、疫病 ── 何かのショック で輸出制限がかかれば、日本に来る量は急減する。

過去にもこれは何度も起きてきた。米国の大豆輸出禁止(1973 年)、 ロシアの小麦輸出制限(2010 年)、ウクライナ戦争による穀物輸出停止 (2022 年)── 食料の輸出は、平時の構造に過ぎず、有事には止まる。

理由 2:肥料制約は世界共通

肥料が高騰しているのは日本だけではない。米国も、欧州も、新興国も 同じだ。世界全体で工業型農業の収支が崩れていけば、輸出国の生産量 そのものが減る。売る量が減れば、価格は上がる

ウクライナの黒土地帯は確かに豊かだが、戦争・地政学の不安定さが 加わる。米国も、エネルギー価格と肥料価格が上がれば、輸出余力は減る。

理由 3:地政学と輸送

食料は船で運ばれてくる。ホルムズ海峡、マラッカ海峡、スエズ運河、 パナマ運河 ── これらの輸送ルートに何か起きれば、食料も止まる。

中東情勢、南シナ海、台湾海峡、北極海ルート ── 21 世紀の地政学は、 食料輸送の安定を保証してくれない。「払えば来る」前提は、平時の ものでしかない

理由 4:価格が家計を圧迫する

仮に物理的には輸入できても、価格が家計を直撃する という形で 制約が来る。輸入肉、輸入小麦、輸入大豆、輸入飼料 ── これらが 2 倍、 3 倍になれば、低所得層から食生活が崩れる。

「輸入できる」と「庶民が買える」は別の話である。

輸入が続く時間は、移行の猶予期間

ここから出てくる結論は、こうなる。

輸入が続いている時間は、分散型食料生産を立ち上げるための 猶予期間である

輸入が続いているうちに、

これらを 間に合わせる 必要がある。

輸入の蛇口が細くなったときに、慌てて始めても遅い。土作りには年単位 の時間がかかる(第6章 Gabe Brown の事例)。土壌が整っていない畑で 急に始めても、最初の数年は収量が出ない。

つまり、

これが、輸入と国内生産を組み合わせた現実的な戦略の核心である。

7.4 「できるだけ多くの人が、できるだけの規模で」

では、誰が、どれだけ作るのか。

答えは、こうなる。

できるだけ多くの人が、できるだけの規模で関わる

具体的には、

すべての層が、それぞれ無理のない規模で、食料生産に関わる。 一人ひとりの規模は小さくても、社会全体として積み上がれば、食料 供給の柱になる

これは「自給自足の理想」を語っているのではない。第4章で確認した とおり、私たちは完全自給を目指さない。世界市場には飼料・燃料用の 余裕があり、不足分は輸入で補える ── ただし、それは 7.3 で見たように、 当面のあいだだけだ。

国内で何も作らないでよい という話ではない。専業農家が減る局面 では、誰かが代わりに作らなければ、国内生産そのものが消える。 輸入と国内生産は、両方が存在して初めて、食料供給は安定する

「全員が農業をやる」のではない。 「多くの人が、自分の規模で、何かを作る」。 一人ひとりは小さくても、合算すれば社会の柱になる。

これが、工業型農業が崩れる局面での、現実的な分散戦略である。

7.5 福岡正信の「一反百姓」 ── 個人スケールの最小単位

スケールの目安として、福岡正信氏が提示した 一反百姓 の発想がある。

一反は約 10 アール、つまり 1,000 平方メートル。30m × 33m 程度の 広さである。

福岡氏は、四国・伊予で長年実践してきた経験から、こう述べている [要検証:正確な引用]

一反の田と一反の畑があれば、一家族が食べる米と野菜は十分にまかなえる。

この主張は、戦後農業の常識からすると小さすぎる。慣行農法の専業農家 は、1 ヘクタール(10 反)以上を耕作するのが普通だ。1 反では「家庭 菜園」の延長としか見られない。

しかし、福岡氏が言っているのは違う。

これが本当なら、経済モデルとしての意味は大きい。

一反の経済性

仮にこれを現代の数字で考えてみる(かなり概算)。

項目 工業型 1 反 自然農 1 反
機械費 年 5 万円 ほぼ 0
肥料 年 1.5〜3 万円 0
農薬 年 1 万円 0
燃料 年 0.8 万円 0
種苗 年 0.5〜1 万円 自家採種(0)〜少額
労働時間 年 200〜300 時間 年 100〜200 時間
米収量 年 約 540 kg 年 約 300〜400 kg [要検証]
食料価値 一家族の主食 一家族の主食
必要支出 年 8〜10 万円 年 1〜2 万円

[数値はすべて概算・要検証]

収量は工業型より下がる。しかしコストも下がる。一家族が食べる分 だけ作る という視点で見れば、コストの低さの方が効いてくる。

「商品作物」として考えると、慣行農法より儲からない。 「家族の食料」として考えると、慣行農法よりずっと安く済む。

このスケールでの実装は、自分と家族の食料を自分で確保する ための 保険として、強い意味を持つ。

そして社会全体で見れば、こうした一反規模の生産者が無数に存在する こと が、専業農家の減少を補う柱になる。

7.6 耕作放棄地の活用 ── MAFF 統計で見る現実

第3章で日本の耕作放棄地について触れた。ここで、農林水産省の最新 統計に基づく 正確な定義 を確認しておく。

MAFF 統計項目 面積・規模 調査年 意味
全国の耕地面積 423.9 万 ha 2025 年 2016 年の 447.1 万 ha から持続的に減少傾向
再生利用が可能な荒廃農地 9.8 万 ha 2024 年度 抜根・整地・区画整理など通常の農作業によって再び耕作が可能と見込まれる土地(遊休農地)
1 経営体当たりの経営規模 3.6 ha 2025 年 北海道(33.7ha)を除き、都府県では平均 2.6 ha と極めて小規模・分散型

[出典:農林水産省統計、2024-2025]

留意すべきは、MAFF が「再生利用が可能(通常の農作業で復旧可能)」 と厳密に定義している荒廃農地の面積は、直近の 2024 年度データで 9.8 万 ha であるという事実である。一般に語られる 「42 万 ha」 という数字は、この「再生利用が可能な農地(9.8 万 ha)」に加えて、 森林化が進行し、もはや通常の農作業では再生利用が困難と分類された 荒廃農地(非再生利用可能農地) を含む、過去から累積した荒廃農地 の「総面積」 を指している可能性が高い。

ただし、このデータの定義の揺れは、本シリーズの主張の論理性を損なう ものではない。むしろ、

慣行的な工業型農業の観点からは「再生困難(莫大な土木工事費用や 化学肥料の大量投入が必要)」と見なされる森林化しつつある土地で あっても、Tony Rinaudo の FMNR(切り株を活用した自然再生) や 福岡正信の自然農法(不耕起・無除草で自然の遷移を利用するアプローチ) の枠組みを適用すれば、莫大な資本を投じることなく、生態学的な 生産拠点として段階的に活用できる

加えて、日本の 1 経営体当たりの平均耕地面積が 3.6 ha(都府県では 2.6 ha)と極めて小規模であることは、巨大な機械や大量の化学肥料を 前提とするアメリカ型の工業的モノカルチャーには構造的に不適切 で あることを示している。この物理的制約は、本シリーズが提唱する 「一反 百姓(約 0.1 ヘクタール規模のマイクロ農業)」というモデルの妥当性を 逆説的に裏付けている

小規模分散型の農地において、外部入力(購入コスト)を極限までゼロに 近づけ、「やらないこと(無除草など)」を合理的な経済的選択とする運用 原理は、高コスト時代における局所的な生存戦略として極めて理にかなって いる

この耕作放棄地は、いまの工業型農業では「再生する経済的合理性がない」 土地である。だから放棄されている。

しかし、微生物型農業の視点では、これは違って見える。

要は、工業型農業のスケールでは合わない土地が、微生物型農業の スケールでは生き返る ということだ。

これは過去にも、同じ構造が見られた。日本の里山は、長い間「経済的 に儲からないから放棄」されてきた。しかし、再生エネルギー(薪、 木質バイオマス)、観光、教育の文脈で再評価されるようになった。 土地の価値は、何の経済モデルで測るかで変わる

耕作放棄地も同じだ。工業型では負債、微生物型では資産になりうる。

誰がやるか

耕作放棄地の再生は、専業農家だけがやるものではない。

これらの主体が、それぞれ無理のない規模で、少しずつ再生していく。 一気に全国を再生する必要はない。10 年単位で、徐々に増えればよい。

ただし、遅すぎてもいけない。耕作放棄地は、放置の年月が長くなる ほど森に戻る。再生のコストは時間とともに上がる。動ける人は、いま 動き始めるのが合理的である。

7.7 ベランダ菜園と都市の小空間

さらに小さなスケールでは、ベランダ菜園、屋上菜園、市民農園 というレベルがある。

「ベランダで野菜を作っても、たかが知れているじゃないか」── そう 言いたくなる。確かに、量の話ではない。一家族が食べる野菜の何 % か にしかならない。

しかし、ここにこそ重要な意味がある。

意味 1:多くの世帯が関われる唯一のスケール

専業農家になれる人は限られる。一反の畑を持てる人もそう多くはない。 都市部の集合住宅に住む大多数の世帯にとって、関われる唯一のスケール がベランダや市民農園 である。

ここを動かさなければ、多数派の世帯は食料生産から完全に切り離された ままになる。それは、社会全体としての生産能力の底を細くする。

意味 2:微生物型農業のスキルを学ぶ場

ベランダのプランターでも、土壌微生物の動きは観察できる。コンポスト を使う、生きた根を絶やさない、化学肥料を使わない ── これらの原則を 小さな規模で身につけることができる。

将来、自分が一反百姓に乗り出すとき、あるいは耕作放棄地を再生する とき、ここで学んだスキルが効いてくる。ベランダは、より大きな スケールへの入口 でもある。

意味 3:価格高騰に対する家計の緩衝

野菜の輸入価格、国産価格が上がる中で、ベランダ菜園で キュウリ、 トマト、ハーブ、葉物野菜 を作るだけでも、家計にとっての緩衝材 になる。

特に、傷みやすい葉物(レタス、サラダ菜、バジル、ミント、シソ)は、 スーパーで買うと割高だが、ベランダで小さく作るのは易しい。

意味 4:食と農の関係を再構築する

これは数字に乗らない側面だが、無視できない。

子どもや大人が、自分の食べるものがどこから来るかを 物理的に体験 する ことには、長期的な意味がある。食料は自然から来る、土と 微生物が育てる、ということを、頭ではなく手で知ることになる。

これは食料・農業政策の理解度を、社会全体として底上げする効果が ある。

7.8 専業・兼業・自給 ── スケールの三層が、すべて必要

実装をスケール別に整理すると、こうなる。

スケール 担い手 規模 役割
専業 プロ農家 数反〜数 ha 商品作物、地域の食料供給の中核
兼業・小規模 移住者、副業者、退職者 一反前後 家族の主食 + 余剰の販売・物々交換
自給・補助 一般家庭、団体 プランター〜数十坪 家計の緩衝、教育、関わりの場

ここで強調したいのは、

どの層が欠けても、社会全体としての食料生産は成立しない

ということだ。

工業型農業の時代は、専業の層だけで成立していた。それは化学肥料・ 輸入・人口増という条件があったからだ。それらの条件が崩れたあと は、三層がすべて積み上がって初めて、社会の食料供給が維持される

すべての層を同じ人がやる必要はない。専業農家は専業で、副業者は 副業で、家庭は家庭で、自分の規模に合った形でやる。ただし、何も やらない人 ── 純粋な消費者だけの存在 ── が大多数のままでは、社会 が崩れる

7.9 移行のタイムライン

化学肥料に依存していた土から、微生物型農業の土に移るには時間がかかる。 ただし、転換の方法を選べば、その時間は大幅に短縮される

単一作物のまま化学肥料を抜く場合(誤った転換)

これでは長く厳しい「我慢」の期間が必要になる。

多種類の混植で転換する場合(正しい転換)

イネ科 + マメ科 + 強靭な作物 + 多様な被覆作物を 混植 すれば、

「短期収量崩壊リスク」は 転換の方法に依存する。 多種類の混植で 菌根菌と根粒菌の生物学的ネットワーク を素早く 立ち上げれば、3 年で実用水準に戻る。「我慢の期間」は最小化できる。

移行ペナルティ(Transition Penalty)の実証データ

「化学肥料を急停止すると初期数年は収量が低下する」── この現象は 移行ペナルティ(Transition Penalty) として広く認識されており、 大規模なメタアナリシスで実証されている。

Pittelkow ら(2015 年)のメタアナリシス:48 の作物・63 か国 にわたる 610 の研究から得られた 5,463 ペア年 の観測データに 基づく:

重要な点として、この移行初期における収量低下は、化学肥料の投入量 を単に増やすことでは克服できないことが判明している。土壌の物理的・ 生物学的な機能不全が根本原因であり、その根本原因を解消するのが 多様なカバークロップ である。

多様なカバークロップによる回復プロセスの劇的加速

慣行的な休閑(ベアソイル)放置や、単一品種の緑肥(モノカルチャー・ カバークロップ)への依存では、土壌の生物学的機能の回復に 3〜6 年 以上 を要する。しかし、近年、多様な植物種を高度に混植した カバークロップ(Diverse / Multispecies Cover Crops) を用いる ことで、この生物学的タイムラグを劇的に短縮し、約 3 年で土壌生態系 を実用・経済レベルまで回復させることが可能 であるとの強力な科学 的知見と実証データが蓄積されている。

その加速の核心にあるメカニズムが、植物種の多様性が生み出す ニッチ 補完性(Niche Complementarity) と、それに伴う土壌微生物相の爆発 的な活性化である。

4 つの機能群によるニッチ補完性

複数の異なる植物機能群(Functional Groups)を同一圃場に同時に播種・ 栽培することで、土壌の空間的および機能的な「ニッチ補完性」が強力に 発揮される。

機能群 代表的な植物種 生態学的機能・遺産リン動員への貢献
イネ科(Grasses) オーツ麦、ライ麦、ソルガム 膨大なひげ根による広範囲な土壌探索。極めて高い C:N 比で長期 SOM 形成。特にオーツ麦は AMF ネットワーク構築の優れた宿主
マメ科(Legumes) ヘアリーベッチ、クローバー、エンドウ、ソラマメ 根粒菌(Rhizobia)との共生による 大気中窒素の生物学的固定。根からの有機酸分泌による鉱物結合型リンの可溶化
アブラナ科(Brassicas) 大根(ラディッシュ)、マスタード、カブ、フォレージレイプ 強力な 直根(タップルート)による土壌硬盤層の物理的破砕(バイオドリリング)。クエン酸やリンゴ酸などの強力な有機酸の大量分泌による遺産リンの急激な可溶化
広葉草本(Broadleaves) ソバ(Buckwheat)、ヒマワリ ロックフォスフェート(難溶性リン鉱石)や遺産リンを直接的に可溶化・吸収する特異な能力。次期作物へのリン供給源として優れる

このように異なる機能特性を持つ植物群が同時に生育することで、それ ぞれの単独栽培時の合計を上回るバイオマス生産と地下部への炭素供給が 達成される 「トランスグレッシブ・オーバーイールディング(超越収量)」 現象が発生し、土壌機能の回復速度が相乗的に高まる。

「3 年での回復」の定量データ

複数の実証研究により、カバークロップや不耕起栽培、家畜の統合と いった手法を組み合わせた場合、土壌の根幹機能の回復が 3 年以内 に極めて明確な数値として表れることが確認されている。

土壌ヘルス指標 実証データ(移行後 3 年目)
保水力(Water Holding Capacity) Weber & Gokhale(2011)── ホリスティックな放牧管理を適用した圃場で、わずか「3 年」の処理後に、休閑地に比べて土壌の保水力が 54% 増加。混合休閑・放牧地と比較しても 32% 高い水分を保持
耐水性団粒(WSA) 長期実証プラットフォーム研究 ── 慣行農業の土壌が「中程度(34.1〜50% WSA)」に留まったのに対し、再生型土壌は「非常に高いレベル(66% WSA 以上)」へと劇的に改善
環境収容力(Carrying Capacity) Soil Health Academy のアレン・ウィリアムズ博士の実証 ── 適正な多種種カバークロップと放牧を組み合わせた場合、劣化した土壌であっても 「わずか 3 年」で農地の環境収容力(家畜を養えるキャパシティ)が少なくとも 5 倍に増加
経済的純利益 Datu Research による米ミズーリ州 Willis 農場ケーススタディ ── 多様なカバークロップの導入により、4 年間のうち 3 年で収益がプラス、1 エーカー当たりの純利益が平均 $17 増加

「多様なカバークロップを用いれば、破壊された土壌でも約 3 年で 回復し、移行ペナルティを克服できる」という仮説は、概念的理想論 ではなく、厳密な科学的メタアナリシス、長期野外実証試験、再生 農業を実践する先駆的な農家の膨大なデータによって定量的に強く 支持されている

経済的データ:再生農業 vs 慣行農業

米国北部平原におけるトウモロコシ生産システムを対象とした実証研究:

肥料高騰下において 「コストが利益を食う」構造はすでに定量的に 証明されている

このタイムラインを、輸入が続いている時間 と重ねて考える必要がある。

7.3 で見たとおり、輸入は当面続く。しかし永続しない。輸入の蛇口が 細くなる前に、国内の分散型生産を立ち上げきる ことが、社会的な スケジュールになる。

「化学肥料が高騰してから移行する」と考えると遅い。「輸入が止まって から農業を始める」と考えるなら、もっと遅い。いまから始めて 3〜5 年かけて移行を完了する のが、現実的なスケジュールである。

そして同じことが、新規参入者にも言える。一反百姓を始めるにせよ、 耕作放棄地を再生するにせよ、ベランダ菜園を始めるにせよ、始めた 最初の数年は学習と土作りの期間 になる。価格高騰や供給制約が深刻化 してから慌てて始めても、その年から収穫できるわけではない。

食料生産の担い手を広げる、というのは、いまから動かないと間に 合わない種類の話である。

7.10 第7章のまとめ

作物の構造

実装の構造

スケールごとの実装の方向は分かった。次は、具体的な運用原則 ── 何をして、何をしないのか ── を見ていく。

次の最終章(第8章)では、不耕起、裸地禁止、多様性、無除草、化学 肥料禁止、自家採種、保存・流通の工夫など、運用レベルの原則をまとめる。 そしてシリーズ全体の結論を提示する。

参考資料

移行ペナルティ(Transition Penalty)・メタアナリシス

多様なカバークロップによる 3 年回復

経済的データ:再生農業 vs 慣行農業

先駆者:Gabe Brown

日本農業の構造データ

米国農産物輸入データ

機械化と再生農業の両立

連作障害

菌根菌共生

福岡正信「一反百姓」