第4章 / Essay
第4章 № 04 · 2026

どちらの極端にも、
組みしない

エネルギー自給率向上は困難、循環畜産は不成立、リジェネラティブ農業の国際推進と輸入

第3章で、工業型農業を「これまでどおり」続けることはできない、と結論した。

ではどこに行くか。ここで、議論はしばしば 複数の極端 に振れる。

これらは、それぞれ強い問題提起と論理を持っている。食料安全保障の脆弱性、国内農業の崩壊、化学肥料依存の限界 ── 診断としては多くが正しい。本シリーズの第1〜3章で見てきた事実とも整合する。

しかし、それぞれが提案する解決策(処方箋)は、肥料制約という物理的制約の前ではいずれも空論 になる。本章では、

  1. エネルギーベースの食料自給率を国内増産で向上させる という処方箋の困難
  2. 日本型循環畜産 で輸入飼料からの脱却を図る処方箋の困難
  3. 工業型農業の即時完全放棄か温存か という二項対立そのものが無意味であること(肥料制約のもとで工業型農業は自動的に終わる)

を確認し、その上で本シリーズが立つ 「中間の道」── 国内のリジェネラティブ農業への段階的移行 + 国際的なリジェネラティブ農業の推進 + 再分散された世界供給網からの輸入補完 を提示する。

4.1 エネルギーベースの食料自給率を向上させるのは困難

最近の議論では、しばしば次のような処方箋が提案される。

これらの提案の 問題提起の部分 は、本シリーズの主張と多くの点で重なる。日本の食料供給体制が脆弱であり、市場原理だけでは農業基盤が維持できない、という認識は共通している。

しかし、エネルギーベース(カロリーベース)の自給率を国内増産で向上させる という処方箋そのものには、構造的な困難がある。

困難 1:化学肥料・エネルギーは構造的に国内自給化できない

第1章で見たとおり、

つまり、

食料自給率を上げるためには、肥料・エネルギー自給率を上げる必要がある。しかし肥料・エネルギーは、第1章・第2章で見たとおり、構造的に国内自給化できない。

「米を増やして麦を代替する」「飼料用米を増やして輸入トウモロコシを代替する」── この方向は、食料の数字だけ見れば自給率が上がる。しかし その米を作るために必要な肥料・燃料・農機は、依然として輸入に依存 する。

生産資材の起源を無視した食料自給率の議論は、欺瞞である」 ── 第3章で見た本シリーズの論点と整合する。

国内増産シフトを進めれば進めるほど、輸入肥料・輸入エネルギーへの依存量がむしろ増える、というパラドックスに陥る。

困難 2:価格構造の硬直性 ── 国内価格は世界価格に追従しない

「直接支払い制度で農家を価格変動から守る」という提案も、第1章で見た 国内小売価格の硬直性 という問題に直面する。

過リン酸石灰小売価格(20kg) 世界複合肥料価格
2020 1,800 円 平時
2022 3,400 円(ピーク) 815 ドル/トン
2024 2,900 円 327 ドル/トン

世界価格は 2022 年ピークから 半値以下に下落 したが、国内価格は高止まりしている。主因は 円安メーカー在庫の消化タイムラグ。直接支払い制度を整備しても、この為替・市場構造は変わらない。

困難 3:財政の制約

直接支払いを欧米並みの水準で本格的に導入するには、年間 数兆円規模 の予算が必要になる可能性がある。

日本の財政状況、人口減少、社会保障費の自然増、防衛費の増額 ── これらとの予算獲得競争の中で、農業予算をこの規模で持続的に拠出する余裕があるかは、極めて不透明である。

結論:数字としての自給率向上は、解決の核心ではない

「カロリーベース食料自給率を 38% から 49% へ」という目標は、診断としての問題提起の重要性を否定するものではない。しかし、それを達成しても日本の食料安全保障は本質的に強化されない(肥料・燃料は輸入のまま)。

問題は数字の自給率ではなく、サプライチェーン全体の構造 である。

4.2 日本型循環畜産は、肥料制約下では成立しない

もう一つよく提案される処方箋が、「日本型循環畜産(資源循環型農業)」 である。

理念としては美しい。しかし、肥料制約下の日本では、このモデルは構造的に成立しない。理由は三つある。

困難 1:「飼料用米」を作る余裕がない ── 食用米すら不足する

このモデルの核心は、水田で飼料用米を生産 することである。しかしここに最大の構造的問題がある。

肥料が大幅に減る局面で、限られた肥料投入と限られた農地から得られる米は、まず食用に回さなければならない

食用米すら不足しかねない状況で、わざわざ水田を 飼料用米 に割く余裕は、日本にはない。

実際、令和の米騒動(2024〜2025 年)では、政府が当初備蓄米の放出を否定するほどの品薄が露呈した。これは肥料が 平時水準で投入されている 状況下での話である。肥料が本格的に細れば、稲作の単収はさらに下がる。水田は食用優先で奪い合う対象 になる。

「水田をフル活用して飼料用米を作り、それで畜産を支える」というモデルは、「肥料は十分にある」という前提に立っている。前提が崩れれば、モデルは成立しない。

困難 2:草だけで畜産は成立しない ── 草地面積の物理的限界

「ならば配合飼料に頼らず、牧草中心で畜産すればよい」という発想も出てくる。実際、放牧型・草地中心の畜産は、リジェネラティブ農業の重要な要素である(Allan Savory の総合的管理など、第6章で詳述)。

しかし、日本の地理的条件では、これにも限界がある。

牛 1 頭を草だけで飼育するには、約 1 ヘクタール以上の牧草地が必要 とされる [要検証:北海道酪農の標準]

日本の全国耕地面積は 423.9 万 ha(2025 年、第7章で詳述)。仮に全耕地を牧草地に転換したとしても、

1 経営体当たりの平均耕地面積は 3.6 ha(都府県では 2.6 ha)── 草だけで飼える牛は 数頭が上限。これは「全国民の食料供給を支える畜産」のスケールには遠く及ばない。

加えて、棚田・段々畑が多い日本の地形では、牧草地として連続的に活用できる土地が限られる。北海道の一部以外、草地中心畜産が大規模に成立する地形条件がそもそも乏しい

困難 3:配合飼料がなければ、数羽の鶏・数頭の豚も維持できない

「自給規模なら成立する」と一見思える、家族用の数羽の鶏・数頭の豚も、構造を見ると同様の困難に直面する。

家庭の生ごみ・残飯で 数羽の鶏 を養う ── このレベルなら、肥料制約下でも可能である。しかしこれは「畜産」と呼べる規模ではなく、 動物性たんぱくの主要供給源にはならない

結論:日本型循環畜産は、現代の食料供給戦略にはなり得ない

整理すると、

要素 肥料制約下での実態
飼料用米の水田生産 不可能 ── 食用米すら不足するため、水田は食用優先
草地中心の大型家畜 限定的 ── 牛 1 頭につき 1 ha 必要、日本の耕地面積では国民需要を支えられない
配合飼料に頼る家畜(豚・鶏) 困難 ── 穀物飼料の安定供給が前提だが、その前提が崩れている
家族用の数羽の鶏(残飯飼育) 可能だが、戦略として食料供給を支える規模ではない

つまり、

日本型循環畜産は、思想としては魅力的だが、肥料制約下の日本における食料供給戦略としては成立しない。畜産そのものが、本シリーズの想定する時代には、現状から大幅に縮小する方向にしか動けない

含意:動物性たんぱくは、海産物・植物性たんぱく・「輸入リジェネラティブ肉」へ

これは、食生活そのものへの含意を持つ。

肥料制約下の日本では、動物性たんぱくの主要供給源は、

「日本でできない畜産」は、できる国でやってもらう

ここで、本シリーズの戦略の核心が現れる。

日本の地形・耕地・肥料制約のもとで国内畜産を維持しようとすればないものねだりになる。ならば、草地畜産が地形的・気候的に成立する国 ── オーストラリア、米国(中西部・ロッキー山麓)、ニュージーランド、ブラジル、アルゼンチンなど ── で リジェネラティブ放牧 をやってもらい、その牛肉・羊肉・乳製品を輸入で補えばよい。

これは「弱腰の輸入依存」ではなく、世界全体での比較優位の合理的な分業 である。

日本が 「リジェネラティブ畜産物の購入大国」 になることは、

戦後の食生活は、輸入飼料に支えられた 毎日のように肉・乳製品を食べる消費構造 を前提にしてきた。肥料制約下では、これは 和食の基本構造 ── 米と魚と豆と野菜を中心とし、肉と乳製品はそれほど毎日は食べない ── に 近づいていく

「特別なときだけ」という極端な制限になるわけではない。単に、毎日の主役 ではなくなる、という穏やかな変化である。週に数回、季節の楽しみとして、あるいは栄養バランスの観点から、肉や乳製品を食べる ── そのスタイルが標準になる、という程度のシフトだ。

加えて、量が減る分、リジェネラティブ放牧の輸入肉が選択肢として入ってくる(グラスフェッド・無ホルモン・無抗生物質などの基準を満たすことが多い)。量を多少抑え、質を保つ 方向への自然な調整である。

これは栄養面では問題にならない(第3章でも触れた、戦時英国の配給制下で栄養状態が改善した事例と同じ構造)。「量と質の組み合わせ」が緩やかに調整される だけである。飽食時代の生活習慣病の観点から見ても、過剰でなくなる方向は望ましい側面もある。

日本型循環畜産という処方箋に依存するのではなく、畜産そのものの役割を縮小し、植物性たんぱくと海産物を中心に据え、不足分はリジェネラティブ放牧の輸入肉で補う構造 に再編するしかない。これが肥料制約と日本の地理が同時に指し示す方向である。

4.3 工業型農業は「選択」ではなく自動的に終わる ── 真の論点は移行管理

A(政府介入で慣行農業を温存)、B(完全自給)とは別方向の極端として、C:化学肥料・農薬を即時否定し、有機農業・自然農法に全面転換せよ という立場もある。

この立場は、

しかし、「即時の完全放棄か、温存か」という二項対立そのものが、現実の構造を見誤っている

工業型農業を「続けるか/やめるか」を選ぶ余地はない

なぜなら、

リン酸肥料が輸入できなくなる以上、工業型農業はそもそも続けられない

第1章で見たとおり、

という三つのルートが同時に細る。日本の化学肥料原料の自給率はほぼ 0%。肥料が来なくなれば、慣行農業は自動的に維持不能になる

これは「選択」ではなく 構造的不可避 である。

つまり、

三つとも、肥料制約という物理的制約の前では空論 になる。

残された問題は「移行をどう管理するか」だけ

工業型農業の終焉が選択ではなく自動的に起きる以上、議論すべき真の論点は、

その不可避の移行を、食料危機を招かずにどう管理するか

である。

ここで重要な事実がある。「短期的な収量の崩壊(short-term yield collapse)」は、避けられない宿命ではない

つまり、「即時放棄論」も「温存論」もどちらも空論である。残された論点は、

多種類の混植による段階的転換を、いつ・どう始めるか

という実装の問題である。

移行管理の三つの要素

不可避の移行を食料危機なしに進めるには、三つの要素を組み合わせる。

要素 1:精密農業による「橋渡し」

化学肥料が完全に来なくなる前の数年間、限られた肥料を最大効率で使う。精密農業(可変施肥、徐放性肥料、AI 病害虫検出)は、化学肥料を抜くペースを管理する 橋渡しのツール として有効である。

ただし、第3章で詳述したとおり、これは「壊れたパラダイム内での限界的最適化」に過ぎない。物理的サプライチェーン制約は依然として効くし、プラットフォーマーへの利益吸い上げ、生物的マイニングへのコスト劣位という問題が残る。

精密農業は、移行期の数年〜十数年を切り抜けるためのツール であって、目的地ではない。

要素 2:輸入による「移行期の食料供給確保」

国内の生産量が落ちる移行期間中、不足分は輸入で補う。第4.4 節で詳述する 「国際リジェネラティブ × 輸入」 の戦略がここで効く。

要素 3:国内のリジェネラティブ農業への段階的移行

時間をかけて土壌生態系を回復させ、生物的マイニング型の自律システムへ移行する。第5〜8章で詳述する。

工業型農業を 「捨てる」のではなく「終わらせる」。終わらせるペースは、土壌生態系の回復速度に合わせて。その間の食料供給は、精密農業の効率化と輸入で補う。これが移行管理の核心である。

4.4 では、どこに立つのか ── 三つの戦略の組み合わせ

A(政府介入で温存・自給率向上)、B(完全自給)、C(即時完全放棄) ── どれも、肥料制約という物理的制約の前では空論になる。

立ち位置を一文で言えば、こうなる。

国内では小規模なリジェネラティブ農業へ段階的に移行する。同時に、リジェネラティブ農業を国際的に推進し、世界の主要産地が化学肥料制約下でも持続可能な生産を続けられるよう促す。不足分は、その再分散された世界供給網から輸入で補う。

戦略 1:国内 ── 段階的なリジェネラティブ農業への移行

第5章で詳述する 生物的マイニング ── 菌根菌+蓄積リン+強靭な作物の自律型システム ── は、

ただし、これは 小規模分散型 であり、戦後の工業型農業の生産量を一気に置き換えることはできない。一反百姓・耕作放棄地再生・ベランダ菜園・市民農園 など、複数のスケールが積み上がって、社会全体として食料生産を支える(第7章で詳述)。

化学肥料を抜くスピードは、多種類の混植 で土壌微生物相の回復速度を加速できる(混植による転換で約 3 年)。精密農業の手法は 移行期の橋渡し として限定的に活用する。

戦略 2:国際 ── リジェネラティブ農業の世界的推進

世界の食料生産を支える主要平野(米国中西部、ウクライナ、ブラジル、カナダ、豪州)においても、化学肥料制約の構造は共通している(第1章・第2章・第7章で詳述)。

幸い、世界各地で リジェネラティブ農業による大規模生産 が、すでに実証されている。

これらは、化学肥料依存を世界規模で削減しつつ、機械化された大量生産を維持する ことが可能であることを実証している。本シリーズが示す「目的地」は、世界共通である。

日本にできることは、

を通じて、世界全体がこの方向に動くことを後押しする ことである。

戦略 3:輸入補完 ── 再分散された世界供給網から

世界がリジェネラティブ農業へ移行することで、

日本は、この 国際的に再分散・持続化された食料供給網 から、不足分を輸入で補う。閉じた完全自給を目指すよりも、世界全体の食料生産が頑健になる方向に投資する ほうが、長期的な食料安全保障に資する。

重要な品目別の比較優位

輸入で補うべき品目は、日本の地形・気候・人口密度の制約上、国内で大規模生産することが構造的に不適切な品目 である。

品目 日本での制約 適した産地 戦略
穀物・大豆(機械化・コンバイン収穫) 棚田・段々畑、1 経営体 3.6 ha では大規模機械化が不可 米国中西部、ウクライナ、カナダ、豪州 当面の主要輸入。世界がリジェネラティブ移行すればさらに頑健に
牛肉・羊肉・乳製品(草地畜産) 牛 1 頭につき 1 ha 必要、地形が連続草地に不向き 豪州、米国(中西部・ロッキー山麓)、ニュージーランド、ブラジル、アルゼンチン リジェネラティブ放牧で生産された輸入肉に依存
油糧作物(ナタネ・ヒマワリ等) 機械化・規模の経済が必要 カナダ、欧州、米国 工業用・食用とも輸入

つまり、「日本でできない畜産」は、できる国でやってもらう。これは戦略的撤退ではなく、世界規模での比較優位の合理的な分業 である。

日本の貴重な耕地と労働力は、日本でしかできない作物の生産 ── 米、伝統野菜、果樹、大豆製品、雑穀、地域固有のリジェネラティブ作物 ── に集中する。草地畜産は、それが地理的に成立する国に任せる。

三つの戦略の組み合わせ

戦略 役割 対象 時間軸
国内リジェネラティブ移行 小規模分散型の食料生産、土壌再生、地域強靭性 一反百姓、耕作放棄地、ベランダ菜園、地域コミュニティ 多種類の混植で約 3 年で立ち上げ、その後継続的に成熟
国際リジェネラティブ推進 世界全体の食料生産を化学肥料制約に強い構造に 主要産地(米国、ウクライナ、豪州、ブラジル、カナダ、NZ、アルゼンチン) 数十年単位で世界共通の進行
輸入補完 「日本でできないもの」を、「できる国」から 穀物・大豆・牧草由来製品(乳製品)・草地畜産による牛肉/羊肉 当面継続、世界の移行進展で安定化

この三つの組み合わせが、本シリーズが立つ 「現実的な立ち位置」 である。

どの戦略単独でも食料安全保障は実現しない。国内 × 国際 × 輸入の三本柱を、時間軸で組み合わせることが、構造的に成立する唯一の解である。

4.5 穀物の用途配分という冷酷な事実

ここで、しばしば見落とされる重要な事実を一つ示す。

世界で生産される穀物は、人間がそのまま食べているわけではない。用途別に大きく異なる配分になっている [数値は要検証]

穀物 食用(直接) 飼料 工業用(エタノール等)
トウモロコシ(米国) 約 10% 約 36% 約 40%(エタノール)
大豆(世界) 約 6% 約 75〜77%(油糧種子由来ミール) 残り(油・工業用)
小麦(世界) 約 65〜70% 約 20% 残り

この表は、人間が食料不足だから穀物が足りないのではない ことを示している。

世界には、人間用の食料が足りなくなる前に、

が大量にある。極端に言えば、世界の食料供給の余裕は、家畜の頭数を減らせばかなり吸収できる ということだ。

これは精神論ではなく、数字の話である。

戦時の英国を見ればよい。第二次大戦中、英国は配給制を敷き、輸入が制限される中で 国民の栄養状態を改善 した(平時の労働者階級より、戦時の配給生活のほうが栄養バランスが良かった、という有名な事実がある)。

なぜか。家畜用の穀物を人用に回し、肉を減らし、野菜・穀物を増やした からだ。供給制約下では、人類は実は柔軟に食料を確保できる。

食料が足りないのではない。飼料・燃料・嗜好品に回している分が、まだまだ大きい。

これは「肉を食べるな」という規範論ではない。有事の調整余地は十分にある という事実の確認である。

4.6 不足分は輸入で補う ── 自給率 100% を目指さない

この用途配分の事実から、次の判断が出てくる。

日本は完全自給を目指す必要はない

世界の穀物供給は、家畜飼料・バイオ燃料を含めれば、まだ余裕がある。日本が完全自給を放棄しても、価格が上がるだけで、食料が来ないという状況にはなりにくい

問題は「輸入できないこと」ではなく、「輸入価格が上がること」である。

そして、価格が上がれば、人類は調整する。米国はトウモロコシをエタノールからシフトさせるかもしれない。ブラジルは大豆の用途を変えるかもしれない。中国は飼料用穀物の輸入を増やすかもしれない。世界市場は、価格を通じて調整される

日本が払える限り、輸入は続く。これが現実だ。

問題は、払えるか である。そしてここで、第3章で見た「工業型農業の収支が崩れる」という話が効いてくる。

国内の農業が成立しなくなれば、輸入依存が深まる。輸入価格が上がる中で、輸入依存が深まれば、食費が高騰する。これは家計に効く

だから、

この組み合わせが、現実的な立ち位置だ。

4.7 化学肥料に依存しない農法に段階的に移行する

国内生産を維持するために、何を変えるか。 化学肥料への依存を切り離す ことだ。

第1章・第2章で見たとおり、化学肥料は構造的に高騰する。これに依存した農法は、第3章で見たとおり、収支が成立しない。

依存を切り離す方法は、一つしかない。 土壌微生物の働きを使う農法に移行する

これは精神論ではない。化学肥料がやっていた仕事(窒素固定、リン可給化、ミネラル循環)を、土壌中の微生物にやらせる、という 代替戦略 である。

これを科学的に裏付けるのが、第5章で見る Christine Jones らの研究である。土壌微生物 ── 特に菌根菌 ── は、植物が必要とする窒素・リン・ミネラルの大部分を、化学肥料なしで供給できる、ということが分かってきている。

化学肥料が高くなるなら、化学肥料を使わない農法に移ればよい。ただし「精神」で移るのではなく、「科学」と「経済」で移る。

これがこのシリーズの中核的な主張である。

立ち位置の要約

私たちの立場
国内増産での自給率向上 数字としては正しいが、肥料・エネルギー輸入依存を温存するため、本質的解決にはならない
日本型循環畜産 肥料制約下では成立しない。食用米すら不足する状況で飼料用米を作る余裕はなく、草地は牛 1 頭につき 1 ha 必要で物理的に足りず、配合飼料がなければ豚・鶏も維持できない。畜産そのものが大幅に縮小する方向にしか動けない
完全自給 目指さない。物理的に無理であり、世界市場の余裕も使う
工業型農業の温存/完全放棄 どちらも選べない。肥料が来ない以上、工業型農業は自動的に終わる。問題は「終わるかどうか」ではなく「移行管理」
国内農法 リジェネラティブ農業への段階的移行。精密農業は移行期の橋渡しに限定
国際協調 リジェネラティブ農業の世界的推進を支持し、再分散された世界供給網に投資
輸入 補完として継続。特に草地畜産(牛肉・羊肉・乳製品)は、豪州・米国・NZ 等のリジェネラティブ放牧から輸入する ── 比較優位の合理的な分業
倫理・思想 中心ではない。経済・物理・生物学が決める

これが、極端な立場のいずれにも組みしない、本シリーズの現実的な立ち位置である。

次の第5章では、この 「リジェネラティブ農業に段階的に移行する」 という戦略の核心 ── 土壌微生物による生物的マイニング ── が、なぜ可能で、どういう仕組みで成立するのかを、Christine Jones らの研究をもとに具体的に見ていく。

参考資料

穀物用途配分・歴史的事例

国際リジェネラティブ農業の実証

日本農業の構造データ